桜舞うころ

青海老ハルヤ

第1話




「ここ……ですか……」


 村の外れにあるそれは正直今まで見た中でいちばんボロボロで、廃墟ですらないただの残骸のような場所だった。夜になったらすとても不気味だろう。


「ええ、毎夜毎夜ここに幽霊が出るようで。直接の被害とかは無いのですが、やはり不気味なもので、近隣住民からも苦情が相次いでいるのですよ」


 村長の禿げあがった頭を見下ろしながら軽く頷いた。近隣住民と言ってもここは限界集落。隣の家も随分離れているじゃないか。


 まあ、これも仕事だ。


「……分かりました。除霊という依頼でしたが、それでよろしいですね」


「…はい。お願いします」


 村長をとりあえず役場に返して、中に足を踏み入れた。天井はもうほぼなく、壁もないようなものだ。と、


 視界の隅で何かが動いた。


 ぱっと目を向けると今度は後ろで壁が反対側に倒れた。


 なんだ。ただのポルターガイストじゃないか。ならもうすぐに……。


 ただのポルターガイスト?


 出そうと思っていた札を別のものに持ち替えた。急いで飲み込む。本当は苦いから嫌いなんだけど。


「やあお嬢さん」


 浮かび上がるようにして見えたのはまだ小学生くらいの女の子だった。くりんとした可愛い目をしている。私の妹と同じくらいだ。


「え、ええ? 私のこと見えるの!? お姉さん」


 どうやら驚いたご様子。まあ薬のおかげだけどな。


「私は除霊師なんだけどさ、君はなんでここにいるの?」


「じょ、じょら…なに? 名前?」


「まあ簡単に言えば悪い妖怪とか幽霊とかをお祓いする仕事かな」


「え、私どうなるの?」


 自分が霊ということは把握しているのか。


「そうだねーお嬢さんが悪い霊だったらお祓いしちゃうかもねー?」


「え、じゃああの子はどうなるの?」


 ん?この子?話がいきなり飛んだから一瞬隙が出来た。その隙に少女はわっと話し始める。


「あのね、私ずーっと前に死んじゃって、あの、天井から雪が落ちてきたの、でね、お母さんはもうどっか行っちゃったんだけど、私どうすればいいのか分からなくって、それでお父さんをずっと待ってたの。今度桜を見せに連れてってくれるって言ってたから。でも死んじゃったら出来ないかなって思ってたらさ、あの子がずっと一緒に居てくれてさ、」


「どの子?」


「今はいないよ。夜しか出ないの」


 夜しか出ない……霊から見てそうだということは、妖怪の可能性が高い。だとすればこの子は悪霊になっているはずなのだが。少なくとも悪霊には見えない。


「わかった、じゃあ一旦帰るからさ、夜になったらまたここに座っててくれるかな?」


「分かった!」


 元気よく返事をしてくれた。もちろんぼやけたりはしてるのだが、その挙動は死んでいるそれには見えない。明るい子だったのだろう。






「村長、少し」


 役場まで戻り、とりあえず村長に1人の霊と、もうひとつの妖怪がいる可能性のことを話してみた。


「なるほど……、では、毎夜毎夜出るという幽霊は、その妖怪が起こしたことだと?」


「いえ、そこまでは断言できません。物語にあるように残された魔力を測ったりすることは出来ませんし、実際に見て見なければ……」


「そうですか」


 村長は座っていた椅子をくるりと回し、安い音を立てて立ち上がる。窓からギリギリあの家が見えるのだ。


「……では、どちらも除霊ということでいいでしょうか?」


「……ええ、霊のことについてはよくわかりませんが、霊がいるということ自体があまり良くないでしょう。あなたもここに来る時分かったでしょうが、興味本位で来れるほど立地がいいわけではありませんし、観光客を呼ぶことも出来ない。ならば、……」


「……分かりました。一つだけ聞いてもいいですか?」


「はい、なんでしょう。」


「あの建物は、いつ、なぜ壊れたのですか?」






 真っ暗になると、懐中電灯の明かりも全く頼りにならない。霊や妖怪は最悪御札とかで何とかなるが、ヘビがいたらおしまいだ。3月だからまだそこまで活発に動いている訳では無いだろうが。


 ビクビクしているうちにやっとあの家に着くと、明らかにさっきとは雰囲気が違うことに気づいた。その瞬間視界が変わってしまったようだ。あまりの圧力に思わず足を止めてしまう。これ程とは。かなり重い。


「…おーいお嬢さん? いるかい?」


 しまった名前聞いとけばよかった。なんか間抜けに聞こえる。


「おーい」


 とりあえず踏み込んでみると、急に耳鳴りがし始めた。やはり強い霊か妖怪がいる。先程と同じ薬を飲むと、隣の部屋に光るものがあることに気づいた。


「お嬢ちゃん?」


 そーと覗き込むと、さっきの女の子が寝息を立てていた。霊も寝るんだ。普通に知らなかった。


「なんのようだ」


 上! パッもそちらを見ると、やはり歳は同じくらいの男の子の霊がいた。だがこちらは本当に若いわけでは無さそうだ。


「君は……」


「名乗る名なんかないよ。とりあえずこの子に近づくなら殺す」


 やばい。こいつは強い。


 御札とりあえず床に貼り距離をとる。

が、

速い!一瞬にして御札が破られた。あぁ、高いのに……。


「死ね」


まずい!その瞬間、心臓に痛みを覚えた。しかし、


「ごめんね、私は強いんだ」


 ぱっと刺された人形が散り、その霊が振り向いた時には既に結界が完成していた。破れた御札は元々破られても使える仕組みになっている。


「全く、高額商品なんだけどどっちも。作るのに時間も手間もかかりまくりなんだよ」


「貴様……!」


「安心して、別に危害を加えるつもりじゃないから」


 女の子も一緒に結界に入れる。そうじゃなければ話し合えない気がする。


「とりあえず、話聞かせてくれないかな。君ほどの霊がなぜこの子を守っているのか、そもそも君はなんなのか」


「話を聞いてどうする」


「分かんないさ。話次第だ」


 軽く睨み合う。が、相手は直ぐに観念した。1度発動してしまった結界は外からでなければなかなか開かない。


「分かった。何が知りたい」


「じゃあさ、まず君はなんなのか教えてくれないかな」


「私は……」






「ただいま戻りました」


 夜明けにもかかわらず村長は1人で役場にいた。ずっと居たのだろうか。


「……お疲れ様です。除霊は済みましたか?」


「いえ、その前に」


 話を遮り、先程の話について確認する。


「あの子は、あなたの娘さん、ですね?」






「……はい」






 今年の雪は重い。腰が痛くなりそうだ。体重移動をしっかりやって……


「雪崩だ!逃げろ!」


 待て、まだあの中に…


「無理だ! 諦めろ!」


 まだ、まだ間に合う、待ってくれ――


「諦めろ!」






「あの頃からこの村にはもう若い人はだいぶ少なくなっていて、雪の日には自分の力はすごく重宝されていた。人に必要とされることに私は酔っていました。そのバチが当たったのでしょう」


 全容が見えてきた。だいたい20年前、雪が重かった歳に大きな雪崩が村を襲い、8人が犠牲になった。その中に、村長の妻と、娘が入っていたのだ。


「私は、結局ここに残りました。でもそれと正面に向き合う勇気も、それを割り切ってしまえる器用さもない。仕事に逃げ、今ではこんな立場になりましたが、それは決して村のためではなく、自分のためにやったことでした」


 禿げた頭は本当に苦労の証なのだろう。人や霊と違い、自然に殺されるということはその恨みをどこにもぶつけることが出来ない。よってその対象は自分になることが多い。


「たらればは意味がありませんが、娘には村の外を見せてあげる約束をしていました。春になったら、東京の桜を見せてやると。あの子は、さくらと言うんです」


──お父さんを待ってたの。今度桜を見せに連れてってくれるって言ってたから。


「でも、私は……っ!」


本当に、苦しかったのだろう。


「実はまだ除霊が済んでいません。もちろんやろうと思えばすぐ出来るのですが。どうしますか?」


 我ながら無粋な質問だと思った。これ程責任を感じているなら、


「いえ、私は今会う資格はありません。天国や地獄があるのかは知りませんが、精一杯生きて、その資格を得てから会いたいです。」


「……本当に、いいんですね?」


「……はい!」






「あ、お姉ちゃん!」


 さくらちゃんが結界の中で元気よく手を振ってくれたあの男の子はすっごく小さくなっている。影にしたから消えはしないだろうが、少し可哀想な気もしてきた。


「ごめんね、昨日眠くなっちゃって」


「いいよいいよ、それより、お父さんから伝言を預かってきたよ」


「ほんと!」


 ぱっと目を輝かせるさくらちゃんと対象に男の方は目を丸くした。先にそちらから伝える。


「まず、君から。君は、この家の霊なんだね」


「……そうだ」


 少し不貞腐れたように言う。容姿はせいぜい10歳いかないくらいだからなんか可愛い。どうせ中身はすごいんだろうが。


「長い間娘を守ってくれてありがとう、ほんとうは私が守らなくてはならなかった。すまない。これからもしばらくは娘には会えないから、それまではどうかよろしくお願いします」


 娘に会えない、の時点で隣の雰囲気が重くなっている、こちらは純粋に小さいから、やっぱり可愛い。


「で、次はお待ちかねのさくらちゃん」


 暗い雰囲気はまた直ぐに戻って、ドキドキしているようだ。心臓があるのかは知らないが。


「さくら、東京に連れてけなくてごめんな」


 ブンブンと顔を横に振る。


「お父さんは、まだ2人には会えない。精一杯生きて、死んだ後また会えるよう頑張るから、もう少しだけ、今度はお母さんとも一緒に待っていてくれ。かならず迎えに行く。そして、一緒に桜見ような」


 やばい私が泣きそうだ。だがぐっと我慢する。今ここでなく権利があるのはさくらちゃんだけだ。大の大人が泣くな。


「お父さん……」


 抱きしめてあげたいが、霊は触ることが出来ない。互いに傷つけあってしまう。


 代わりに、家の子に抱きついて泣きじゃくっている。しばらくはそっとしてあげよう。






「さあ、そろそろやるよ。」


 落ち着いてきたタイミングでそう切り出した。結界の周りに呪文を捉えながら御札を貼っていく。


「だんだん眠くなると思うから、楽ーにしててね、直ぐに終わるから。」


 すー、と家の子が眠りに落ちていく。昼は本当に弱くなるから、今はさくらちゃんより弱いのだろう。


「さくらちゃん、またね」


「うん、お姉ちゃん、バイバイ」


 そうして、2人は光のつぶになって消えていった。






「どうしました村長」


 なにか暖かいものが体を包んだ気がした。振り向いたガラスの向こうの家が陽の光に包まれている。


「……なんでもない」


「しっかりしてくださいよー!ここの桜は人気なんですから。これから忙しいですよー!」


「……ああ」

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桜舞うころ 青海老ハルヤ @ebichiri99

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