僕はおやすみを失った

五臓あまね

1日目この家の思い出が流星ほど綺麗なものだったら良かった

ある日僕はおやすみを失った。

おやすみは、僕の口の中からこぼれ落ちて、逃げていった。

そんな「おやすみ」の後ろ姿を見て僕はただ短く、ばいばいと言った。

それがだめだったのか?

僕は眠れなくなった。

3日も寝ていない。その割に体調は普通だった。

「さすがにまずいかなあ」

ベッドを出た。キシ、と薄気味の悪い音が1人の部屋を埋め尽くす。

「床、埃まみれだなあ」

最後に掃除した日も覚えてない。呑気なことを言いながら家の中を探す。


カビた風呂

埃まみれの部屋×3

屋根裏

冷蔵庫

元犬小屋

布団の中


おかあさんの、へや


「あ」

ここはだめだ。

吐き気が、忘れようと頑張っていた記憶をだめになって使えなくなった形だけの脳みそにどばどば自分の意思と反して流してくる。

おえ。

その場にうずくまる。

忘れろ、忘れろ、忘れろ、忘れろ、忘れろ。

忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう忘れよう

忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて

走る。はたから見たら、そうは見えないかもしれないけど。


どこに逃げる?

カビた風呂?

冷蔵庫?

屋根裏?

元犬小屋?

「ふ、ふとん」

息が荒い。

こわいこわいこわいこわいこわい。

何がだろう。怖くて仕方ない。

涙が出た。

そうして、何時間か布団の中にいた。


ぐるぐるぐるぐる、頭の中を嫌な言葉が流星のように駆け巡って、爆発して消えた。その中に一つだけ、爆発しないで消えなかった言葉があった。

口にする。

「あたしね、愛してない人におやすみって言わないの。おやすみって、明日も生きててねっていう最大の愛情表現だと思うの。」

嫌いな言葉じゃない。むしろ、好きな言葉。

「最後に、おやすみって優しく言われたのはいつだろう。」

気づいたら、周りに誰もいなかった。

おやすみも、失った。

僕がほんとに失ったものはなんだろう。

唐突な吐き気におそわれる。

意識が朦朧として、クリスマスの強い光を見た時のようなふわふわ感に包まれる。


おやすみは、明日探すことにした。

こうして1日が終わった。

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