ゲーム・オブ・ミソロジー
伊勢右近衛大将
序章 Continue
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《……ロードが完了しました。》
「う……っ」
……痛い。身体中がヒリヒリする。
微弱な静電気が体に帯電しているようだ。首回りから足のつま先まで筋肉痛になっているともとれる。
ゲームで言えば魔力切れと言えるだろう。
身体中の筋肉が疲弊した舌のようにだらけきっている。
全く、体力が無いにも関わらず。二徹なんて無茶するからである。
さて、運動始めようかな。いや、やはり無理だ。諦めよう。
三日坊主ならぬ、三分で事切れる俺の集中力は絶対に運動なんて続かない。
……それにしても、ゲームをしていてこんな状態になるのはいつぶりだろうか。
『ひきこもり』になってから早、二年。
小さい頃を思い出す。
昔はゲームをしたら……確か母親から怒られもしたし課題も出されていたっけ。
今はどれだけゲームをしようが、母親から『ここに置いとくからね』と食物を置かれるだけだ。
成長って素晴らしい。後がないって恐ろしい。
ともかく、腹が空いた。何か物を腹の中に入れたい。
と、考えるということは活動時間であるからと仮定して、体内時計は丑三つ時を指し示した。
俺で言うところのちょうど、お昼時である。
さすがにそろそろキーボードに突っ伏した顔面を上げよう。
「あっ……」
ブルーライトが網膜を刺激する。
起動したままのゲーム画面は、あるキャラクターを召喚したところで止まっていた。
……そうだった。
俺はこの神話を元にして作られた、
『リンク・ユニバース』というMMORPGの最恐高難易度ダンジョンを単独クリアしたのだった。
そうして、クリア報酬として
『リンク・ユニバース』の中で最恐と呼ばれる。
摩天楼の
こいつを手に入れるためだけに、一年半ほど寝るまも惜しんで毎日ログインし続け、自キャラを育てまくった。
時には、課金もした。親の金で。
時間があれば、アイテムを買い込んだ。親の金で。
そうして、ようやく、努力の成果が実り。俺は単独ダンジョン制覇を達成した。
産んでくれてありがとうお母さん。今、俺は幸せです。
これで、俺は『リンク・ユニバース』でトップランカーになれる。
有名人ってわけだ。
俺はワクワクとドキドキで胸いっぱいにゲーム画面を身を乗り出して覗きこむ。
覗きこむ画面には、いかにも最強格の雰囲気を醸し出す吸血姫がいた。
ぐっ、と拳を握り。躊躇わずに拳を挙げる。
直後。グキッ、とどこかが鳴った。
「や──っ」
長年まともに声を出していなかったので、声の出し方を忘れていた。
やったー。
さえ、言葉にできないとは……努力の代償である。
《──ようやく目を覚ましました、ね?》
ダレェ?この胎児のときから聞かされているような声は。
ヘッドホンをしたままだし、ゲーム内音声だよな。
画面を凝らして見ると、チャットに聞こえた音声通りに文字が書かれていた。
まさかのフルボイス。そんな機能実装されてたんだ。
それも、そうだよな。これくらいなきゃ。今までの労力に見合わない。
それに、このキャラは運営にとっても特別なキャラだし。
次元違いの強さを持つキャラクターシリーズ。
Dimension Seriesと呼ばれ、Dシリーズと略される四体の最強ボスキャラクターたちの頂点なのだから。
フルボイスにするほど、運営が凝ってくれたのだろう。
《ああ、今覚めた。遅れたが自己紹介をしよう。俺の名は『
エンターキーを中指で決める。チャットに文字が写った。
この吸血姫がこの場にいたのなら、鮮やかなタイピングで惚れ惚れすることだろう。
《……うーん、本名です…か?その何とかは?》
呟いて吸血姫は続ける。
《怪しい、とっても怪しいです。ええっと…マンジマンジ
あのーよろしければ、本当の名前を知りたいと妾は思うのです》
《1006は天使って呼んでくれ。そして、さすがは最恐の吸血姫。この名が真名でないと見破るか……っ。だが、俺は本当の名なぞ、とうに棄てた──!》
《……あちゃーです。危ない主人に引っ掛かっちゃった、妾ー》
流れてくる音声にきっちり抑揚がある。この感じは俺に対して驚嘆してる?
ともかく、最新の技術すごいな!
──しかも、動くぞこいつ。
俺が何も指示していないのに、喋りながら勝手に吸血姫は移動を始めた。
AIって進化してるんだな……受け答えも完璧にできているし。
グサグサ、と雪でも踏むかのように足音をたてて。自キャラに近づいてくる。
や、近すぎません?キャラとキャラの隙間、1ミリもないんだけど。
胸に顔面が埋まった!ぶわぁ!ずるくない?
リアルの俺も豊満な肉に挟まりたい。
《一応聞いておきますが、主人は妾のことを知っております?》
あ、このまま話すのね。
《左様。最恐の吸血姫パウアウフ・アウノミッセス。
設定としてはアウノミッセス
豪華絢爛の妃と呼ばれる吸血鬼。
性別不明。
能力不明。
属性:魔。
……製作イメージは、
血でできた飴細工。
死の鋳型。
不敗に不屈で不条理な吸血鬼。
……製作理由は、
とりあえず運営が最強格のキャラクターを作ろうとして初期に作られたとされるDシリーズ最古のキャラクターにした最高の使い魔。
なお、作ったはいいが前人未到の最難関ダンジョンの達成報酬とされていたため手に入れた者はいなかったとされている》
情報は断片的な物しかない。
開示されている設定の中でも、このキャラクターだけは極端に設定資料が少ないのだ。
曰く、設定を知り尽くした者は殺された。
曰く、設定を開示すると運営に消される。
それも、どうせ獲得できたプレイヤーが今までいなかったからでっち上げられた噂である。
だが、俺がついに手にした。
『リンク・ユニバース』界隈はいまや最恐の吸血姫を獲得したプレイヤーの話題で持ちきりになっているはずだ。
にやりと口角が歪む。頬がひきつって痛い。
《合っていて偉い、偉い~ですよ。
妾、頑張って情報を集めていた主人を誉めたい限りです》
歓びの舞が如く、吸血姫は縦ノリをかます。
ゆさゆさと大きなモノが顔面を摩擦する。顔面等速直線運動真っ盛りであった。
おっと、失敬。画面の前の君には到底味わえない感覚だよねェ。
まあ、現実だったら殺到している話しだ。きっと生暖かいと思う。
ああ、この人肌、圧倒的肉肌に直で触れたい。
これにて、性別が確定した。大それた、たわわを所有する女性である。
《主人による痛烈な紹介と最高級な賞賛に免じてですね。ささやかながら、ご命令を妾にしていただければなと。
このパウアウフ・アウノミッセスにご下命をお申し付けくださいませ……主人》
吸血姫は優雅にドレスの裾を掴んで、気品あるお辞儀をした。
命令をしてください、だと?
おお!気分が高まるぅ!溢れるぅ!
主というのはこういう気分なのか。
──うーん悪くないねェ。
しばらく感極まっていると、突如に最恐の吸血姫が片膝をついて地にひれ伏した。
年上のお姉さんが俺に向かって頭を下げている。
今なら指と指の間でも舐めてもらえそうである。
そういえば、こんなひれ伏すみたいなエモート実装されていたっけ?
いや、今はそんな瑣末なことを考えている場合ではない。
命令だ。命令。熱い展開だ!俺の命令で世界を変えるのだ。
……さあ、どう命令しよう?
『リンク・ユニバース』の天下を我が手に──!
とかどうだろうか?
ロマン溢れるが抽象的すぎるか……
具体性を持ち、かつ崇高な夢を提示するのもいいな。
これならどうだろう?
『リンク・ユニバース』の天下を獲るために俺と共にユーズチューブで活躍せよ。
世界初、最恐の吸血姫を手に入れた者として話題性もあり、そこに自身の高いプレイヤースキルも含めれば……
人気になり、ガッポリ稼ぐことも可能ではあるだろう。
うむ……まあ命令や宣言するだけタダだし。
迷惑かけてる家族のこともあるしな……まあ、今頃遅いけどね。
今日から俺はユーズチューバーになる!荒稼ぎしてやる──!
それじゃ、命令を……
《は……!お許しを主人、盛り上がっているところに口を挟むことを!》
する前に吸血姫はいきなり申し訳なさそうに口を挟んだ。
《妾からの自己紹介がまだ済んでいませんでした。妾を開示してよろしいですか?》
敬語と赤子のような瞳で俺にそう催促する。見た目に反して心はお子様なのかもしれないな、これ。
《……それもそうだな。情報だけでは足りない。もっと吸血姫、パウアウフを知りたいな》
そう、俺は吸血姫を受け入れようと言葉にした。
それを聞いた吸血姫は太陽の輝きのように、明るい表情になる。
吸血鬼を太陽で喩えだしてしまうとは、不粋にもほどがあろうに。
俺はそれほど、この吸血姫パウアウフ・アウノミッセスに光を見いだしている。
やっと、俺に春が光が……くると思うと。つい、純粋に笑みが溢れてしまうのも致し方ない。
対して吸血姫は妖しく妖艶に嗤う。その嗤いは、俺に向けて笑っているのか分からない。
「さあ、妾の──
瞬間、雰囲気が一変した。
荒んだ笑い。燻んだ表情。氷結が割れる、パキッ、という画面の奥。
ザク。ザク。ザク。
吸血姫は指示もなく自キャラを無視して進んでいく。
より、画面の前にいる俺の方へ。
《委ね──結び──
唐突に不可解な単語を囁き、吸血姫は豪快に腕を拡げた。
ジロリ、とこちらを窺う獰猛な眼が俺を嗤う。
──そして、怖気が猛烈に加速して身体中を支配した。
殺気とも違うなにか。
純粋な……物心がついて直ぐに見せる世界へのただならぬ好奇心。
それに近い、
だが、
《気の向くまま──壊滅的に──絶対的に──完膚なきまでに……そなたを─》
綺麗な聲の響きの中にある、下卑た声がゾクリ、と胸を冷却させる。
背中が─
眼が─
脳が─
──心が、くまなく全身、猛毒に浸かっていく感覚。
音波がそうさせているのか。
音声を聞いているだけで、人間のまま扇風機の羽にされて回されているようだ。
気分が悪くなり、迷わずヘッドホンを投げ捨てた。
それでも──
《躍り──
声は消えてくれなかった──
確かにヘッドホンを外したはずだ。それで、ゲームの音声は聞こえなくなったのに。
きっと、俺はおかしくなってしまったのだ。
受け入れる心を奪い。手綱を握ろうと狂気の吸血姫は俺に手を差し出す。
画面の奥で吸血姫は、画面前の俺に抱擁を求める。
〈──主人となった者をいたぶるのが妾は大好物……です〉
吸血の姫は頬を赤らめ。黄金の卑しい瞳で俺を見つめる。
それが吸血姫、
パウアウフ•アウノミッセスの自己紹介。
不条理な提案。
不誠実な主張。
不動な意志持つのに。
不安定な思考を持つ吸血姫。
その心はもはや腐敗していると言える。
そんな──
不屈に大胆な彼女の黄金の瞳に、不幸にも俺は目が離せなくなっていた。
〈……応えるのです、主人。
妾の
魅惑的な声が胸を支配する。名を言え、と催促する。
「あ……パ──パウアウフ─」
声は長年出していなかったのに、意図も容易く自然な音を発していた。
「パウアウフ──アウノミッセス──」
〈
ゲームの画面はプツリ、と事切れた。
そして、その暗転した画面にログイン画面が映し出され。
パスワードが打ち込まれる。
『The mythology repeat itself.』
どういう意味かは、解らない。
ただ、何かが起きることは確実だった。
画面に世界地図が現れる。
次に日本地図が現れる。
そして──自宅の航空写真。
突如、俺の部屋に光が溢れる。
確かこれは、『リンク・ユニバース』にログインしたときの現象。
──キャラが降り立つ
──ガタガタと揺れ出すベッドや部屋に散乱したゴミ。
光は
白銀の鮮血をまぶしたかのような模様のドレスが天から舞い降りる。
白貌の
紫紺の
黄金の
──吸血姫はここに
「会いたかったです。妾の哀れな愛おしい主人──」
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