4
「あの、何があったんですか」
翌日、夢月は掲示板とは別のエリアで中原と出会っていた。
「戦争が起こった」
その言葉の意味を、夢月は理解できなかった。
「ほら、この前君が書き込んだ思い出の一つに、ぐずる子どもを置いたまま母親が一人先に行ってしまって、それを見つけた若者の集団が必死に笑わそうとする、というものがあっただろう。あれがね、気に食わない人たちがいて、意見の衝突から掲示板で言い争いに発展してしまったんだ」
掲示板での争い。それは以前、中原から聞いたことがある。誰でも匿名で自由に意見を書き込むことができる場所だからこそ、悪意も善意も正義感もからかいや悪戯も、それこそ全部が渾然一体となって存在していて、よく小さな
これまでも多少の言い争いこそあったが、今回のものはずっと続いていて、遂に板が破壊される騒ぎまで起こってしまった。中原は管理者と連絡を取ろうとしているらしいが、まだ返事がなく、どうすることもできないと言う。
「新しい思い出を次々に書き込めばいいんでしょうか」
これまでは次の話題に変えることで雰囲気ががらりと変わり、大きな問題になることなく見に来る人たちが楽しむことができた。
「それはどうだろう。面倒な人は自分の思いに固執してしまう。そういう人がいつくと、その人が消えるまで大人しくしているしかないからね」
何も書き込まない、という選択を中原は暗に勧めているようだった。
夢月は「考えさせて下さい」と返事をし、彼と別れた。
その日の午後も夢月は遊楽園に思い出玉を探しに訪れていた。
見上げた空は薄く紫の
その銀杏の葉の間に、野球のボールくらいのサイズの思い出玉が転がっていた。夢月は思わず駆け寄り、手を伸ばす。
それは小さな男の子と父親が広場でキャッチボールをしている思い出だった。男の子のボールが明後日の方向へと飛んでいき、笑いながら父親が拾いに行く。それを木陰から母親が見つめていて、彼女の下のレジャーシートには大きなバスケットが置かれていた。
夢月は今まで思い出玉を見てもそんな時代があったのだという感慨しか湧かなかったが、この時はじめてきゅっと胸を摘まれたような気持ちになった。
それから二時間以上探したが、新しい思い出玉は見つからなかった。
気づくと日は傾き、空は黒く染まっている。
――あ。
穢れ雪だった。
音もなくそれらは空から大群になって落ちてくる。
夢月が慌てて傘を開くと、警報が鳴り響いた。そのアナウンスに背中を押されるように園を抜け出すと、山道を急いで下る。露出した肌に穢れ雪が触れると微かな痛みを感じた。今までに何度か経験しているが、今日のそれは特別痛む。
家が見えた、と思った瞬間だった。
ふっと力が抜ける。
目の前から景色が消え、踏ん張ろうとした右足は膝から崩れ落ちた。夢月はそのまま前へと倒れ込む。
自分がどうなったのか分からないまま視界に入った傘の柄に手を伸ばした、と思ったその意識はすうっと溶けてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます