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 夢月が最初の書き込みをしてから、ちょうど十日目のことだった。

 また中原に会えるだろうかと思って掲示板を訪れた日曜日の朝、そこには見慣れない光景が広がっていた。


「ほんと、あの頃は良かったわ」

「こんな風に集まって草野球して。それが会社員時代の唯一の楽しみだったよ」

「ランチは席の争奪戦で、十分以上並ぶとなったらどうするか、コンビニか、なんて言ってたことを思い出す」


 人が、いた。

 人だかりが、生まれていた。


「夢月さん。すまない」


 彼は夢月を見つけるなり、深々と頭を下げる。


「何かあったんですか?」

「実は」


 中原は本当に申し訳なさそうに暗いトーンで事情を教えてくれた。掲示板の思い出の話があまりに懐かしく、仕事の同僚に話したところ、その同僚がわざわざここを訪れて写真を撮影し、それをSNSに掲載してしまったらしい。同僚も悪気があった訳ではないそうだが、気づくとあちこちで「懐かしい」と声が上がり、あっという間に広く拡散されてしまったというのだ。中原が気づいた時には既に遅く、今日様子を見に訪れてこの現状に遭遇そうぐうした、という訳だった。


「あ! イブだ!」


 掲示板の前にできていた集団の中の一人が、夢月を指差して声を上げた。


「彼女が思い出のイブか」

「わたし、そんな名前じゃありませんけど」

「でもあんたがここに思い出を書き込んでくれたんだろう?」

「そうですけど」

「ほら。やっぱりイブじゃないか。あんたのお陰でね、本当に感謝しているんだよ。なあ」


 釘が頭に刺さったアバターの男性は笑顔を浮かべて周囲の人間に同意を求める。彼らは口々に夢月のことを「イブ」だと言い、中には握手を求める者までいた。


「本当にすまない」


 何度も謝る中原の姿が人だかりに押しやられ、遠くなる。夢月は今までに体験したことのない感謝の波に揉まれながら、どうにも処理できない不可思議な心の中のもやもやにこそばゆい思いをした。


 ――思い出の国のイブ。


 そのワードをSNSで検索すればすぐに本名「五十嵐夢月」が見つかる。サイトによっては仮想世界の夢月のアバターまで露出していて、ずっと放置したままだったSNSのアカウントには日々百通を超えるメッセージが届いていた。

 まだ学校で誰かに指摘される経験はないが、それも時間の問題だろう。夢月はアバターをAIに切り替え、代わりに授業に出している。

 その一方で、思い出玉を実際に探しに来る人はまだいない。それどころか、遊楽園には夢月以外の人間は誰一人として足を踏み入れていないようだった。


「あった」


 思い出玉はコーヒーカップの傍に固まっていた。十個程度はある。

 夢月は端末にメモをする準備をしてから、一番近くのそれに触れる。


 ――え。


 吸い込まれる、と覚悟した刹那、何の映像も見えないまま思い出玉は割れてしまった。音もなく、光の砂になり、空気に溶けるようにして消えたのだ。それは今までにない体験だった。


 その日は見つかった思い出玉の三割が触れた途端に消えてしまった。

 どうしてそんなことになったのかは分からないが、思い出も劣化してしまうのだろうか。


 ぼんやりとパソコンを前に考え込んでいた夢月は、一件のメッセージ受信通知で我に返された。それは中原からのものだった。

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