第2話

 夜、昔住んでた築40年のマンションに行く。

 オートロックなど存在しない時代のマンションのエレベーターで最上階に。

 エレベーターを出て左に行けば、すぐ紫苑の家だ。

 インターホンを押すとドアが開く。


「ささ、入って」


「おいっす」


 と言われ中に入る。

 内装が昭和の3LDK。

 そこに最新家電が鎮座する。

 普通にうさんくさい。

 久しぶりの紫苑の家だ。

 中学生にもなると女子の部屋に行くのはハードルが高い。

 なんとなく行かなくなった。

 紫苑は空気を読まず俺の部屋に来るのだが。

 紫苑の部屋は小学生から変わってない。

 古いキャラクターが描かれたおなじみの学習机。

 女子が好きそうなキャラのシールがゴテゴテ貼られている。

 そのくせ機械いじりが得意な紫苑は、女子が存在も知らなそうな工具を放置している。

 ドライバーやペンチ、半田ごてやフラックス。

 そこに……見たことのないゴツいタワー型の端末が鎮座してた。

 中が見える透明なケース。

 ゲーミング仕様でLEDが光りまくる。

 液体が入ったホースが光で照らされていた。


「水冷?」


「んだ」


 巨大なグラフィックボードと音楽製作用のDAC、それにUSBキャプチャー。

 音声ミキサーにシンセサイザー。

 見るからに高そうなヘッドセットとクソ高そうなマイク。

 さらに俺が欲しかったゲーミングキーボード! 光りまくるヤツ!

 エレキギターだけホコリ被ってそうなのがクッソウケる。

 一緒に通ってた音楽教室。俺は途中でやめなかったから弾ける。

 それ寄こせ!

 値段聞いたら頭痛くなりそうな代物である。


「紫苑……おじさんにごめんなさいしような……」


 こんなくそ高い機材ばかりじゃねえか!

 この親不孝者め!


「もう知ってるよ!」


「えー……本当に?」


「いいから!」


 電源を入れOSが立ち上がる。

 配信ソフトが立ち上がるまで待つ。

 配信ソフトのチャンネル名は……おい待て。


「待て。水沢・エカテリーナ・鏡花って書いてあんだが」


 水沢・エカテリーナ・鏡花。

 お嬢様キャラで最近話題になってるVTuberだ。

 挨拶の「おーっほっほっほ! 庶民の皆様ぁー!」は有名だ。


「うん、あたしだよ」


 俺は紫苑を見る。

 そして画面を見る。

 自然と涙が出てきた。


「騙したなー! 騙したなー!!! 港区生まれのお嬢さまって言ってたのに!!! 騙したなー!!!」


 うわあああああああん!

 レイクタウンまで行って並んでアニメショップでキャラグッズ買ったのに!!!

 中の人が紫苑だったなんてー!!!


「え……買ってくれたの? ……うれしい」


「え?」


「なんでもない! はい、配信するよ!」


 と言われたのであらかじめ渡された台本を見る。

 俺は「お嬢さま友だちの千代田区出身の菅原晶ちゃん(12歳)」だそうだ。

 殺すぞ。

 圧倒的な殺意がこみ上がってきた。

 たしかに俺は15歳にして声は高いわ、背が小さいわ、ムダ毛は生えてないわで女子に間違われる。

 気にしてんだよ!!!

 おどりゃあああああああああああああッ!!!

 まあでもいいや。これ一回こっきりやろ。

 というわけで声を作る。


「はじまるよ」


 ごくりと生唾を飲んだ。

 これが本番前の緊張感か。


「おーっほっほっほ! 庶民の皆様ぁー!」


 はじまった。


「今日はわたくしの友人を紹介しますわー」


 紫苑の描いたお姫様系幼女が表示される。


「お兄さま、おねえさま。ごきげんよう。すがわらあきら12歳です」


 次の瞬間、なぜかブシュッと音がした。

 振り返ると紫苑の鼻からトマトソースが。

 いやトマトソースじゃないんだけどトマトソースとしか言えない量が流れてた。

 コメントは「ロリキタアアアアアアアアアアアアアァッ!!!」で埋め尽くされていく。

 変態どもめ。

 ド変態どもめ!!!


「あ、あきらちゃん……お姉ちゃんと駆け落ちしましょうね」


 こっちの変態も壊れやがった。


「鏡花お姉さまどうされたの?」


 ブシュッ!!!


「トマトソースが!!! 鏡花お姉様がトマトソースを!!!」


 なぜかコメントが「草」で埋め尽くされ恐ろしい勢いで流れていく。


「はぁはぁ、あきらちゃん。お着替えちましょうねえ」


 赤ちゃん言葉やめろ。

 草が超高速で流れていくから。

 コメント欄が「XX円」と書いてあるもので埋め尽くされ雨のように流れていく。


「投げ銭だよ」


 金銭感覚が麻痺しそうだ。

 うまい棒何個買えるんよ……。

 お菓子買い放題やん……。

 いや待てよ……もしかしてゲーム買い放題なのか?

 課金もし放題なのか。

 と薄汚い思考をしてると紫苑がほほ笑んだ。

 その目は俺と同じく暖かくも薄汚いものだった。

 ちゃりーん。


「お、おにいさま、おねえさま。やめてー!!! 破産しちゃいますわー!!!」


 俺は叫んでいた。

 だって言語化できないけど、俺たちのために他人がお金使いすぎて不幸になるのって、なんか嫌じゃん。

 だがそれは意味がなかった。

 だって滝のように投げ銭が流れたんだもん。

 誰も俺の話聞いてねえ。

 一瞬あきれ、そして俺は……ブチ切れた。


「やめろっつってんだよ!!!」


「晶ちゃんがキレた!」


 すると今度は1000円とかがドバーッと流れやがったのだ。


『ロリのマジギレ尊い』

『いい子シコい』

『もっと罵倒してええええええええッ!!!』


「この変態ども! 課金止めろっつんだよおおおおおおおッ!!! 殴るぞ!!!」


『罵倒はかどる』

『罵倒ロリ尊い』

『もっと罵倒して』


「はあ、はあ、はあ……」


 俺は肩で息してた。

 あ、アホの集団だ……。

 だめだこいつら。はやくなんとかしないと。


「やめろばかー!!! ねー!!!」


『ばかーはかどる』

『もっと罵声を浴びせろ!』

『○ね尊い』


 そしたら『いい子いい子』って謎のメッセージ付きで投げ銭が滝のように。

 やめろおおおおおおおおおおおッ!!!

 この後もトークはまったく成立せず。

 投げ銭地獄に俺の罵声が響き渡ったのである。

 その日……罵倒系ロリVが誕生したのである。

 ねえよばか。

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