第52話 指南者とは?
林間学校での疲労もほぼほぼ抜けてきて、いつも通りの日常がやって来た6月。
あと一か月とちょっとで夏休みが来るとなると、なんだかた時間が早く感じる。
これは俺の精神がおっさんだからなのか、はたまたそれだけ濃い時間を過ごしたからなのか。
どちらにせよ、ぶっちゃけやっていけるか不安だった高校生活もなんだかんだ上手くやれてる。
勉強にせよ、ダイエットにせよ、友達作りにせよ、順調にも俺の青春は取り戻されてるし。
これを維持していけば俺の未来も安泰、母さんの未来だって変えられるだろう。
はてさて、ここまで順調だとまた何かあるのでは不安になるが、そんなことを考えた所で致し方なし。
正直、今の友人関係で十分に俺の未来は変わってるんじゃないかと思うが、人生何があるかわからない。
というわけで、引き続き人生のやり直しを頑張って行こう。
それぐらいしか出来ることないんだから。
そんな日々を過ごしていた水曜日のある日、俺が廊下を歩いていると鮫山先生に声をかけられた。
「おぉ、勇者! こんな所にいたか」
「もう鮫山先生の中でその呼び名が定着してんですね」
「いいじゃねぇか、腐るほど生徒がいる中であたしに特別扱いされてるってことだぞ?」
「仮にも教師が生徒を腐るとか言うのはどうかと」
そう言い返せば「こまけぇこと気にするな~、勇者は」とウザがられながらも、先生は本題を切り出してきた。
「ここで勇者を呼んだのはちょっとした提案っつーか、やってみないかと思ったことがあったからだ。んで、これがポスター」
先生が廊下の柱の一つを指させば、そこには『読書感想文コンクール』なるものがあった。
これって毎年ポスターは張り出されてるけど、誰か一人でもやってるのか? と思うぐらいには参加人数が不透明なやつじゃん。
別に悪く言うつもりは無いんだけど、本当に周りにこれに参加してる人を見ないからな。
しかし、このタイミングで俺に声をかけるってことはもしや......。
「これに参加してみないかってことですか?」
「まぁ、そうだな。ぶっちゃけ結果うんぬんよりこの学校でもそういうやつに参加してるって実績が欲しいだけだ。
というわけで、学校のためにひと肌脱いでみないか?」
「.......」
「そんなめんどくさそうな顔すんなって。
もちろん、頼んで後はさよならなんてことはしない。
どうせやるとなれば真面目にやるのが勇者だ。
となれば、先立つ物もといその文章を書くのに詳しい人物に話をつけておいた」
「用意周到に他人を巻き込まないでくださいよ。
それ、俺が参加しなきゃその人に迷惑かかるじゃないですか」
「別にそんなこたーねぇだろ。
来ないなら来ないで時間が飽くだけの話だ。
行くかどうかはお前次第。違うか?」
「う......」
俺が答えづらくしてると、先生は背中を叩いて颯爽と前を歩き始めた。
振り向くことなく手を振れば、「
そんな姿を見た後、俺はしばらくの時間考えた。
授業中も隼人や大地、空太達との東屋での昼食の時もその後の休み時間も。
結果、俺が導き出した答えは――
「うし、やってみるか」
確かに先生に言われたからというのもある。
だが、それでも俺がこの人生で決めたのは“努力を怠らない”である。
勉強にしかり、ダイエットにしかり、その他でもそれを怠けてしまえば、俺はそれだけの男に成り下がる。
今の自分に自分が納得してるわけでもなければ、隼人に認められた成果を出せているわけでもない。
この結果がどうなるかというよりは、こういう普段やらないことに一歩踏み出してみることに価値があると見た。
故に、やる。
「にしても、読書感想文なんてその字面自体20年以上前のことだからなぁ。
つーか、調べてみれば、応募締め切りは夏休み終わりじゃん。
時間がめちゃくちゃあるじゃねぇか」
先生のことだから考える時間や、やるとしてものんびりやればいいみたいなのを考慮してこんな早くに?
とはいえ、あの人の態度から察するに誰かに気を遣うようにはあんま見えないしな~。
ともかく、俺がスマホでそれに関して情報を漁って行けば、簡単に情報は得られた。
そもそも高校生にも対称な読書感想文なんてあるんだ......確かに、この高校の夏休みで読書感想文なんて書いた覚えがない。
んでもって、対象は課題読書または自由読書か。
存外指定された本以外でも自分が書きやすい本を選んで、それについても書いていいってことか。
これに関してはありがたいな。話が難解過ぎたら書けねぇし。
ま、今パッと振り返れば、中学生の時もロクな文章書いてないような気がする。
ですます調で言葉巧みに言い回しを変えて、結局それって前の文章と言ってること同じじゃね? みたいな文章を適当に散りばめて、指定文字数までかさまししてたような。
だから、それを防ぐための指南役を頼んだわけか......って、その人物誰か聞いて無くね?
それに参加すること自体に目的と言ってた割には、俺が真面目にやると踏んでもキッチリ誰かに指南するように頼んでいるのはおかしい。
これってまさか......暗に実績出せって言ってる?
時刻が放課後だからか俺が廊下を歩けば、聞き馴染みの吹奏楽部のチューニング音が聞こえてくる。
ふと窓の外に目線を移せば、運動部が日々青春の時間をスポーツに費やしてる姿が見られた。
そっか、今頃は大地もバスケで部活中か。
そんなことをぼんやり思いながら、向かった図書室に辿り着けば、入って辺りを見渡していく。
この学校生活が始まってからは初めて来た場所だ。
一度目の人生では一時避難所として使ってたっけ......バレて死にかけたけど。
嫌な思い出を思い出し、体をぶるっと震わせながら歩き出す。
少なくいるほとんどの人が勉強している中を邪魔しないようにしながら、本の表紙を眺めていった。
うはぁ、当たり前だけど本がたくさんあるぅ。
量が多すぎて若干酔いそう。
それにさっきは自由読書の方が書きやすいじゃんとか思ったけど、これはこれで選ぶのが難しそうだ。
普段から本を読む人なら何となく候補を絞れたりするんだろうけど、全く読まない人からすればどれも等しくただの本。
思わずラノベ本に手を出したくなるが、さすがにこれはダメだろうしな。
う~む、どうしたものか。
腕を組んで考えながら、一先ず色んなジャンルの本棚を順繰りに見ていく。
やっぱり俺でも知ってる西野圭吾とか、雨井戸純とか小説がドラマや映画化したような話なら書きやすいだろうか。
ほら、本では理解できなかった部分が映像ではこんな感じだったのかってわかるじゃん?
最悪、流れさえわかれば書けるんじゃないかと。
舐めてんのかって思われそうだけど。
「見慣れない顔だけど、もしかしてあなたが鮫山先生が言ってた人かしら?」
「鮫山先生もやっぱ適当なんじゃ......ってどちらさま?」
白みがかった髪に、薄い水色のゴムを後頭部でツインテールにした俺よりも若干小さい女子生徒。
キリッとした赤い目とは裏腹に儚げな印象を受ける白い肌をしたその子は、真っ直ぐ俺に目線を送ってくる。
チラッと蝶ネクタイを確認したら、青色だったので二年生みたいだ。赤色は一年だしな。
「ワタシは【
そう言って白樺先輩はニコッと笑った。
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