恋を招く石
恋を招く石 1
まだまだ暑い、秋のはじまり。
「ここは、易(イー)先生の占い処で合ってますか?」
「ええ、どうぞ入ってきてください」
後宮内、草の陰に隠れたボロ倉庫。月光の神秘的なパワーを浴びながら、今日もインチキ占い師が元気に商売していた。
「はじめまして、先生。私は雲花(ワンファ)です」
「雲花さんですか」
(やりやすそうな客だ……)
インチキ占いの教えその一、自分から名前を話す客は大概チョロい。
「それで、ご相談は?」
「先生には、『蝶の石』がどちらの畑にあるのか当ててほしいんです!」
「『蝶の石』?」
易先生——女官の柳雪英(リュウシュウイン)は『蝶の石』を知っていたが、聞き返した。
知らないことを言い当てた方が、より「占い」らしい。
「はい、見つけた者に恋を招くという『蝶の石』です。最近噂になってて…」
雲花と名乗った女官は、布を掛けた机の上に手のひら大の石を乗せた。
「これなんですけど…」
「…見つけてるじゃないですか」
「よく見てください!これは片羽でしょう?」
「…ああ、そう見えますね」
暗くて狭い倉庫内に雲花の声が響く。彼女の勢いに押されつつ雪英が石をよく見ると、石は確かに平たく、二つの山が連なったような形をしていた。縦にすれば、蝶の片方の羽に見えなくもない。しかし、
(無理がないか…?)
恋は盲目とでも言うのだろうか。それで美味しい汁を啜っている雪英としては、ありがたくはあるのだが。
(騙されやすそうで、心配になるな…)
「私に見せて良かったのですか?奪われたりとか、考えませんでした?」
「はい。だって易先生は石に頼らずとも、恋を呼ぶことが出来ますよね?占いで」
「はは、そうですね」
雪英が言えたことではないが、後宮の者たちは「占い」を何だと思っているのだろうか。
「でも、私が片方見つけてるってこと、内緒にしといてくださいね」
「分かりました」
疑い知らずの澄んだ目を前にして、雪英は無意識のうちに『蝶の石の在処』の価値を目算していた。
———————————————
「私はこの石を、東門の方の小さい畑の上で見つけました」
「ああ、あそこですか」
「それで、畑にもう片方の石もあるんだと思って探してみたんですが、見つからなくて…」
後宮内はさまざまな場所に畑が作られているが、東門付近にも小さい畑があった。雪英は行ったことがないが、主に医務局が使っている畑らしい。
「『蝶の石』は畑には無いのでしょうか…?」
お手本のような困り顔で雲花が尋ねる。
(ええと…?)
雲花の話のペースに雪英はすっかり巻き込まれていた。勢いが良すぎて話が見えてこない。
「…もう少し、石を見つけた場所について教えてください」
「はい」
「見つけたのはちょうど医務局と食堂の畑が接する辺りで、正確には医務局の畑の上でした」
「『畑の上』って、土の上にあったんですか?」
「はい。土の上にありました」
「畑に入ったんですか……。作物は?」
「『そこの畑は夏の間休ませてた』って」
(…ん?)
「ええと、それは誰から聞いたのですか?」
「医務局の人です」
「…友人とかですか?」
「いいえ。畑を掘り返して探したかったので、その許可をもらいに行った時に聞きました」
——「畑にもう片方の石もあるんだと思って探してみたんですが」
「『探してみた』って……そういう?」
「ええ、医務局の方は一面掘ってみたんですが、無かったんです…」
「…そ、そうですか」
(何だその情熱は…)
まだまだ暑さの残る初秋の晩。
雪英の苦笑は、聞こえ始めた鈴虫の声に掻き消されていった。
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