呪いの幽霊
呪いの幽霊 1
「私は李妃(りひ)付きの女官です。」
夏も終わりかけのとある晩。
蛙の鳴き声が騒々しい後宮の隅の隅、柳雪英(リュウシュウイン)扮する謎の占い師・易(イー)先生は、一人の女官と顔を突き合わせていた。
「先生は、最近流れている噂をご存知ですか?」
「ええ、」
李妃はこの春に南方から召し上げられたばかりの后妃で、現在皇帝不在の不穏な後宮内を、水面下で騒がせている人物だ。
「李妃の住まわれる紅梅宮(こうばいきゅう)からは、誰かの啜り泣く声が聞こえるとか」
「え、」予想していなかった返答に、女官は狼狽える。
「紅梅宮では術師を呼んで怪しげな宴が夜毎行われているとか、幽体離脱した李妃が屋根の上で雑技を披露しているとか…」
「も、もう!」
「紅梅宮の中から下手な胡の演奏が聞こえてくるとか」
「っ、胡はまだ練習中なのです!!私、箏は得意ですから!!」
「おや、…もしかして貴方の演奏でした?」
「……」
「失礼しました、軽い冗談です」
女官はむっとした顔で占い師の方を睨んだ。
冗談というのはインチキ占い業に必要不可欠だ。
「冗談を言う人」という布石を打っておくことで、大抵のミスは冗談へと収束できる。また、会話においては、冗談を言う余裕のある方が話のペースを握っているものだ。
(冗談も数打ちゃ当たるし…)
すっかりインチキ占い師が板に付いた雪英であった。
「話を戻しましょうか。貴方が言いたいのは、『紅梅宮の周りで奇妙な人影が度々目撃される』という噂ですかね」
「え、ええ」
「それで?」
「『幽霊』などとも噂されているようなのですが、私たちの中にも目撃者が居たりして…仕事が手に付かないのです。李妃様も気が滅入られてまして、長いこと伏せってらっしゃいます」
「そのようですね」
ここ最近、李妃は大事な行事でさえ体調不良を理由に欠席していた。
「他に、困ったことはありますか?」
「…今のところは。その『幽霊』について相談したくて、今夜は参りましたので」
「では、もう少しだけ詳しく話を聞いても良いですか?」
「はい」
———————————————
女官が話した内容はこうだ。
今から約五ヶ月前、遠征中の皇帝に見初められ、急遽後宮に召された李妃であるが、その住居である紅梅宮の周りで、先々月ごろから『幽霊』が次々と目撃されるようになった。
噂によれば、『幽霊』は白い衣を纏った女性の姿をしているそうで、長い髪を乱しながら、そして裸足のまま、紅梅宮の裏手の辺りを彷徨っているそうだ。日中に目撃された例は無く、夜にのみ出没しているように思われる。
その誰かに操られているような異様な動きから『幽霊』との名前が付けられ、女官たちから恐れられていた。噂は徐々に広まり、今では「夜中、紅梅宮に近づく者は呪われる」とまで言われている。
そして李妃は、労しくもその『幽霊』騒ぎで気を病み、一日中床に伏せっているのだと言う。
大体のことは、雪英も噂で聞いていた。後宮というのは、毎日そこかしこで噂が飛び交う場である。
『呪い』については雪英は聞いたことがなかったが、噂が広まり、そして成長していくスピードというものは恐ろしいものである。よって単に彼女の情報不足であろう。
あと数日もすれば、それらのことも雪英の耳に入ってくるはずだ。
「分かりました。そこで、私は何を致しましょう?」
「え?」
「占いと言えど万能ではないですからね。例えば、幽霊退治とかは出来ない訳ですし」
「貴方は私に何を望んでいますか?」
「………ええと、」
女官は明らかに困惑した顔をした。向こう側も、このような問いかけは想定していなかったのであろう。
「ふふ、もう夜も遅いですね。ではこうしましょう」
「…はい」
「特別に明日の夜もここを開けます。私にして欲しいことを決めてから、またお越しください」
「良いのですか?」
「特別ですよ。李妃様からの直々の依頼ですからね」
「えっ⁉︎」女官が驚く。
「どうして、李妃様も関わっていると…?」
(かかった!!)
「私は、占い師ですから」
雪英はここぞとばかりに顔を決めようと思ったが、易先生のブランディングのためにも我慢した。
もちろん占いなどではない。
この女官が「李妃付きの女官」と自身を名乗った時から、この依頼には李妃が一枚噛んでいるのだろうなと予想していたのだ。大概は偽名を用いたり、そもそも名を名乗らなかったり。そんな風に自分を紹介する相談者など居ない。
(ハッタリだったけど、成功してよかった)
しかし喜びも束の間、李妃が関与していると分かると、この相談はますます謎に包まれていくのだった。
新入り后妃である李妃が、わざわざこんな怪しい占い師に遣いをよこした理由は?
女官の様子を見るに幽霊退治してもらえると勘違いした訳でもなさそうだが、ではこの依頼の真意は?
そもそも幽霊の正体は?
(折角の休日が……)
本来はこんなインチキ商売など、日を跨いでやるべきではないのである。長い時間を挟めばその分期待値があがる。
客が求める核心を、正確に突かねばならなくなるのだ。
楽しみにしていた休日が潰れることを悟った雪英は、憂鬱な気分で女官を見送った。
(…ケチな謝礼を寄越しでもしたら、不足分を請求してやろう)
憂鬱な中でも商売魂を忘れない雪英であった。むしろ、それだけが彼女の原動力だったとも言える。
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