一生懸命な男

やざき わかば

一生懸命な男

何事にも一生懸命な男がいた。


男は幼い頃から一生懸命に物事に取り組み、失敗もし、成功もしてきた。

努力しているのではなく、自然と一生懸命になってしまう男だった。


そんな男も大学を卒業し、ある企業にめでたく就職の運びとなった。

小さな会社ではあったが、男は雇ってくれた社長に感謝し、数少ない従業員とも

上手くやってきた。なにより、何事にも一生懸命なところが好かれていたようだ。


ささやかな入社式のときの社長の言葉、「お互い一生懸命、働きましょう」。

男はその言葉を素直に実行に移した。自分の仕事が終われば、他の従業員の

仕事を手伝い、それも終われば、とにかく仕事を探してそれを遂行した。


自然、他の従業員も男につられ、今まで以上に仕事に精を出すようになった。

会社の成績は上向き、従業員全員の給与も上がり、ボーナスも上がった。


男は面白いように昇進を重ねていく。昇進してもそれに奢らず、一生懸命に働いた。


ある時、社長の一人娘との縁談を持ちかけられた。

少し大人しめだが、可愛いタイプの女性だった。

男は一目惚れし、一生懸命に求婚。めでたく結婚することとなった。


結婚してからは、さらに一生懸命仕事に邁進した。しばらくして子供が産まれた。

玉のような男の子。次の年には女の子も産まれた。

男は、一生懸命なほどに良い夫であり、良い父親であった。


それから男は、急成長を遂げる会社の新社長に大抜擢された。

入社したときよりも従業員の数は増えたが、異論を挟む者はいなかった。

皆、暖かい拍手と言葉で新社長を迎え入れた。


年を重ね、成長する会社とともに男は年老いていった。

子供たちも立派に成長し、親離れをしていく年頃だ。


そして男は定年で社長を退いたが、役員たちの希望もあり、

特別顧問として会社にとどまり、さらに一生懸命に働いた。


会社に一生を捧げるとよく言うが、男は会社にも家庭にも

一生懸命に身を捧げた。男もそれで満足していた。


年老いた男は老衰でついに倒れ、危篤状態に陥った。

病院のベッドで最後に一言「一生懸命に楽しんだ人生だった」と、

自分の人生を総括し、旅立っていった。


「お疲れ様でした。安らかにおやすみくださいね。貴方」

男の妻は涙ながらにその手を取り、そう呟いた。


それから数カ月ほどした夜のこと、妻の枕元に男が佇んだ。


「貴方? 貴方なの?」

「うん、俺だ」


妻は驚くが、怖いという感情はもちろん無い。それよりも、男が何を言いたくて

枕元に立ったのだろう。なにか心配事があるなら、解消してあげなければ…。


「どうしたの? 何か悩み事ですか?」

「うん、ちょっと教えてほしいんだけどなぁ」


男は照れながら言った。


「一生懸命に、安らかに休もうとしたんだがどうにも上手くいかん。

 ちょっと安らかに休む方法を教えてくれないか、一生懸命やるから…」

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一生懸命な男 やざき わかば @wakaba_fight

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