人騒がせ

やざき わかば

人騒がせ

俺はタクシーの乗務員をしている。大抵は毎日あまり変化のない日常だ。

たまにあるのは変な客のとんでも無い言いがかりと接触事故くらいなもので、

それ以外は客を乗せて走り、客を吐き出し走り、の繰り返しだ。


人間の乗務員はストレス解消の術もなく、さぞキツイことだろう。

同情もするが、俺にはどうしようもない。俺にはささやかながら、ソレがある。


俺は実は人間ではなく、妖怪だ。「のっぺらぼう」である。

あの顔の無い、人間を驚かすだけの無害な妖怪と言えば、

人間である貴方方も理解して頂けるのではないだろうか。


最近は妖怪の世の中も世知辛いもので、住処を追われた動物たちじゃないが、

どうにも人間と共存していかなきゃいけない世の中でなんとも住みにくいものだ。

だが、俺はなんとなくだが、こんな時代が気に入っている。


面白くないことがあったときでも、俺の正体を見て驚いた客の顔を思い出すと

非常に胸が透く思いだ。もちろん、驚かすだけでそれ以外の危害は加えない。

それが人間界に住まわせてもらっている我々妖怪の分別というものだ。


まぁ、中にはたまに人間の命すら脅かす不届きな妖怪がいるそうだが、

そんなものはごく一部である。大半は善良な妖怪たちなのだ。


さて、今日も客が乗ってくる。今日は商売繁盛で結構なことなのだが

ここまで忙しいと少しストレスも溜まってくる。妖怪でもストレスはある。


俺はいつもの手段で、この客を驚かせることにした。


そうそう、驚かせた客はほとんどが金も払わずに逃げていってしまうが、

それは迷惑料として俺が立て替えている。それなら文句はないだろう。


俺は乗ってきたその客にさりげなく怖い話を持ち出した。


「お客さん、青山墓地のあたりから乗ってきましたね」

「ああ、ちょっと青山で用事があったものでね」

「怖いなぁ、お客さんもしかすると幽霊なんじゃないですか」

「あっはは、まさか…」


「そういえば、ここら辺にはちょっと妙なウワサがあるんですよ」

「へぇ、妙なウワサ」


よし、乗ってきた。ここからが俺の腕の見せ所だ。


「いえね、ここら辺にはどうやら、のっぺらぼうが出るらしいんです」

「のっぺらぼうって、あの妖怪のかい? はは、まさか」

「本当らしいですよ。ちょうど今日のような蒸し暑い日、

 タクシーに乗ったらその乗務員の顔がなかったとか」

「タクシーの話か、なんだかぞっとしないなぁ。でも実在するなら一度見てみたいね」


「お客さん、のっぺらぼうを見たいんですか?」

「機会があれば一度、見てみたいねぇ」


「そうですか…それがねお客さん…こういう顔だったらしいんですよ」


俺はそう言って、人間に化けた顔を本性に変えて振り向いた。

客の驚いた顔が目に浮かぶ。俺がまだ人間の顔のままなら、

きっとニヤニヤと笑った顔になっていただろう。


しかし、そこにいたのは人間じゃあなかった。眼がたくさんある妖怪…百目だった。

なんと人間だと思っていた客は、おぞましい姿をした妖怪だったのだ。


「おっお化けだ!!」


俺と客は同時に叫び、同時にドアを開けて一目散に逃げ出した。

百目なんて初めて見た。あんな恐ろしい形相をした生き物がこの世にいたとは。


どのくらい走っただろう。俺は立ち止まり、荒れた息を整えながら、

恐らく相手も口にしているだろう言葉をつぶやいた。


「なんだあれは。まったく、人騒がせなヤツがいるものだな…」

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