ネクネクネクロマンサー

止流うず

第1話


 ぎゃいぎゃいという緑小鬼ゴブリンどもの声に俺は少しビビりながら、唇を強く噛んだ。

 勝てなくはない。しかし、戦闘は物資を消耗する。

 冒険者にとって重要なのは敵を倒すことよりも、マテリアルを回収することである。

 廃ビルの影に隠れ、怪物たちから隠れ、息を殺しながら俺は高度瘴気汚染地帯、通称【異界】の中を進んでいく。

(ふぅ、ようやくか)

 息を吐く。ついでにビル壁の向こう側を闊歩していた怪物の群れが去っていった気配を感じつつ、俺は目をつけていた場所にたどり着いた。

 そこは天井に、何者かにぶち抜かれたことでできた巨大な大穴があるフロアである。

 見上げれば、ぽっかりと穴から日の光がビル内部に降り注いでいるのが見える。

(この大穴はビルの屋上までつながっている……コンクリに鉄骨を貫いて……どんな化け物がぶち抜いたんだろうな)

 そして陽光が落ちた先に視線を落とせば、むき出しの地面に緑色の草が大量に生えているのが見える。

 それが今回の目標物だ。


 ――異界でしか採取できない異常物質アイテム


 ランクⅠの異常物質、薬草やくそう、人間の治癒力を増強し、生命点の回復を助ける植物だ。

 どのような異界にも存在するもっともよく知られた異常物質でもある。

(大量収穫だな)

 これだけ群生した薬草はビルの外なんかでは怪物どもに食い荒らされたり、同業の冒険者どもに回収されてしまうため、めったに見ることができない光景だった。

 少しの感慨に耽りながらも俺は大量の薬草に向けて、ホルダーから取り出したスマホをかざす。

 スマホにインストールしてあるアプリ『マテリアル回収装置Ⅰ』が起動し、目の前の大量の薬草――通称、異常物質アイテムがバラバラに解体・・されていく。

 異常物質の構成情報である設計図と、物質を構成していた基本物質マテリアルに。

 そのマテリアルは幻想的な光を放つと、俺の腰で揺れる携帯型のマテリアル保管装置に吸い込まれていく。


 ――基本物質マテリアル


 分子だの原子だのといった現実科学で分解できる物質とは異なるもの。異常物質を構成する、なんだかよくわからない物質の、最小の構成素材だかなんだかのことだ。

 大昔にこれらの仕組みを解析したお偉い科学者どもが、異界に生じる異常物質の根本たる霊的要素だの、異界の神が地上に投射した瘴気より生まれいずる神の残滓だのといろいろ仮説を立てたものの、実際にどういうものかは全くの不明。

 正体不明の物質。それがこの世界に異界が生じてより、何百年経とうと変わらぬマテリアルの情報だった。

 そんな人類にできたのは、異界に存在する異常物質を解体して、異常物質を構成する設計図とマテリアルにわける方法を見つけたこと。

 そしてその回収したマテリアルと、様々な設計図を合成して、異常物質や物質を再構成する方法を見つけたこと。

(よし、全部回収完了だな。んー、回収できたマテリアルは10ぐらいか?)

 それと薬草の設計図か。これもギルドに提出すればそこそこの値段で売れる。

(税金がきついが、な)

 腰に吊るしてあるマテリアルの保管装置をぽんぽんと叩くと、ちゃぷちゃぷとした音が帰ってくる。圧縮された液化マテリアルだ。少しだけ笑みが浮かぶ。

 俺が持っている補完装置の最大容量は30。今回は10回収できた……ので、何事もなければ赤字にはならない、と思う。

(ただ、装備の展開だけでマテリアルを6も使ってるからな)

 装備アプリ。冒険者が異界で活動するための生命線。こいつを使うとマテリアルを消費して武装を生成することができる。

 内訳は武装である『鉄の長剣Ⅰ』『対魔物用短銃Ⅰ』の生成にマテリアル3。

 短銃用の補助アプリ『通常弾Ⅰ生成』による弾丸15発の生成にマテリアル1。

 あとは異界活動用の『魔獣皮の鎧』という対魔物用戦闘服を兼ねた瘴気汚染耐性フィールドの生成にマテリアル2。

 もちろん武装が壊れれば再生成にマテリアルを使う必要がある。丸腰で異界を歩きたくなければ、だ。

 腰で揺れるアプリ製の生成物である鉄の長剣と短銃を俺は見る。

(つかⅠランクの武器なんて、あんまり丈夫じゃないからな)

 そんな丈夫じゃない武器が壊れれば、構成しているマテリアルが欠損して、装備還元時のマテリアル回収量は減少する。

 前々から目をつけておいた薬草地帯が無事で、何事もなくマテリアルを10回収できたからいいものの、戦闘が発生したらと思うとゾッとしてしまう。

(……まぁうまくはぐれたゴブリンでも見つけられりゃ別なんだろうが)

 俺だって、流石にゴブリン相手なら、一対一でも無傷で勝てる。

 異界を根城にする怪物ども――魔物モンスターを倒し、その死体を回収するのも冒険者の仕事だ。魔物の構成要素もマテリアルだからだ。分解すれば金になるのである。

 それに、魔物の死体から得られる死体の情報は俺にとっては金以上に必要なものでもあった。

 しかしだからといってわざわざ身体を張ってまで戦いたいわけでもなく、俺は皮肉げに口角を釣り上げることしかできない。

「金がありゃなぁ」

 結局、金があれば全部うまくいくんだよ。

 護衛の傭兵を雇ったり、遺跡から回収できた高性能ドローンでもなんでも購入できるし、武器アプリだってなんだっていいものが手に入るし、あと身体能力強化用のアプリだって、つか携帯型のマテリアル保管装置も高いもの買えてマテリアル回収量を増やせるし、そもそもスマホをもっと性能上げられれば、アプリだって大量に積み込めるし!

「あぁ、畜生。金だ。金がほしい」

 呟きは、無念にも周囲に散らばっていく。

 ふと、思いつく。


 ――金がほしいなら本気・・で、探索するか?


 自問自答して、いや、と内心で首を振った。

 本気でやるなら、もうちょっといい場所でやりたかった。こんな都市からちょっと出た先の弱小異界じゃなく、もっと実入りの良い高難度の異界で。

 第一、今回の探索はこの群生地を含めたいくつかの採取地のためだけで、長期探索なんてなんの用意もしていない。いや、物質生成用のアプリがあるから用意なんてすぐにできるが……。

(単純に心構えの話だよな)

 俺にほんの少しでも勇気があれば、いや勇気というより気概か?

(違った人生でもあったんだろうか……?)

 怪物どもを避けながら移動しつつ、そんな嘆きを胸中で密かに呟くのだった。


                ◇◆◇◆◇


 ――▼――▼――▼――▼――▼――▼――▼――▼――▼――


 スマホ機種名:ニュービー8

 スマホ製造元:ネリアルベリアル

 登録パーティー:ネクネクネクロマンサー

  ――メンバー1名

 登録者:ゲンジョウ・ミカグラ

 年齢:18

 出身:第二十五開拓都市オウギガヤツ

 所属冒険者ギルド:第二十五開拓都市オウギガヤツ支部

 冒険者ギルドランク:E

 基本ステータス:生命点5/防護点1/攻撃点1/属性【闇】


 ――▼――▼――▼――▼――▼――▼――▼――▼――▼――


                ◇◆◇◆◇


 異界を探索し、マテリアルを回収する軍属ではない人間が所属する組織を冒険者ギルドと言う。

 もちろん所属しない人間がいないわけでもないが、基本的には所属した方が様々なことで優遇措置を受けられるので、異界を探索する人間は皆冒険者になる。

 俺もそうだしな。

「はい。設計図を確認しました。ミカグラ様の口座に報酬を振り込んでおきます。それと提供するマテリアルは【10】でよろしいでしょうか?」

 ギルドの受付嬢に問われ、俺は闇属性保持者が都市内で活動するために、規則で身につけている黒のローブの内側から、ああ、と頷く。

「うん。それで」

 腰のマテリアル回収装置をギルドの回収装置につなげて、それだけを提出する。

 結局、戦闘は発生しなかったので装備を還元して装備の生成に消費したマテリアルを回収することができたから、採取したマテリアルをほとんどまるまる出しても問題はなかったが、次の長期探索に備えて手持ちのマテリアルは余裕を持って多めに残すことにした。

 俺の戦い方は、マテリアルを多く使うのだ。

(しかし、この人ってもっと俺に当たりが強かったような気がしたんだが……)

 美人だが嫌味な女性として俺の中には印象が残っている。良い印象は特にない女。

「闇属性特別税・・・を引いて、これでよろしいでしょうか?」

「あ、ああ。うん」

 当たりは強くなくなっても、当然のように言いがかりみたいな税金をいつもどおりに引かれて、俺は曖昧に頷くしかできない。

(重税すぎる。ほとんど利益にならない、か)

 第二十五開拓都市オウギガヤツは、都市長の一族だか、所属教会の意向だかで光属性優位主義の都市だった。

 今俺が着ているだぼっと・・・・した、顔を隠すような黒のローブもそのせいで身につけていなくちゃいけないものだった。

 闇属性の俺の人生は不遇だった。属性が判明した十歳には生家から絶縁されて……追い出されて、それから――それから、なんだったか。

(曖昧だ……何もかも)

 人並み以上に苦労したような気がする。だが、そこに関わる人々の顔が、俺の中では奇妙に薄っすらとした印象しか残っていない。

 疲れているのかもしれないな。

「――それで、それで以上ですか? ミカグラ様」

 受付嬢に後ろがつかえてますので、と言われて俺が背後を見れば受付待ちの冒険者たちがぞろぞろと並んでいる。睨みつけるような視線もあって、俺は慌てて「以上だ」と俺は受付嬢に言う。

 そして俺は受付前を去ろうとする前に、ふと周囲を見た。


 ――誰も俺を気にしていない・・・・・・・


 先程は睨んでいた冒険者でさえ、もう俺を見てはいない。

(もっと昔は……なんだったか)

 闇の属性を持ち、他人にいいにくい固有能力ユニークアプリを持つ俺は冒険者たちの蔑みの対象だった、はずだ。

 殴られたり、唾を吐かれたり、嫌悪されたり――それに俺の幼なじみが、特別なこともあってか。嫌がらせを受けていた、んだが。

(いつから、だっけか?)

 二、三年ぐらい、か? 急に何もなくなったような気がする。確か、あのときは……――。

「あ、ミカグラ様!」

 急に受付嬢が俺に向かって「学園から、登校するようにと要請がありますよ!」と言って、受付スペースから出てきて紙を渡してくる。

 紙を見れば半年ぐらい前のものだった。

「そういや、俺、学園に通ってた……か?」

 学園。都市の子供が通う学校だ。都市の常識やアプリの使い方、ランクの上げ方、都市への貢献の仕方などを学ぶと同時に、都市の上層階級との人脈を作る場でもある。

 そこに、俺が……?

「すみません。半年前に要請を受けていたらしいんですけど、ずっとお渡しするのを忘れていて……でも、あれ? 私ってこんなに忘れっぽかったかしら?」

 最後の方は俺に聞こえないぐらいの声で呟いた受付嬢が改めて頭を下げてくる。

 俺はそれに「いいですよ。俺も忘れていたぐらいですし」と答えて、学園、学園と呟いた。

 そういえば、俺が出席しなくなった理由って――


                ◇◆◇◆◇


 TIPS:スマホ

 スキル及び魔法等の特殊技能をマテリアルと能力アプリケーションを用い使用する補助装備。略してスマホ。

 怪物や固有能力持ちの脳から抽出され、研究開発されて作り出された能力アプリケーションをマテリアルを消費して使うための装置。

 ネットワークへの接続、通話やメール、カメラ機能などもあるが主人公は使っていない。使う相手がいないから。



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