第77話 犯人はアイツしかいない

 玉森の透明世界を最も長く隣で視てきた藤ヶ谷はその意味をすぐに理解した。


「設置したのは透明な爆弾とでも言うのか……」


 藤ヶ谷は犯人の絞り込みを後回しにし、再びレンたちと合流した。


「玉の眼と同時に爆発物検知器を当てながら本部を廻ったか?」

「勿論……それでも反応無し。もしかしてあの挑戦状は嘘?」

「可能性が1%でもある限り捜し続けるしかないだろ」


 その後も3人は本部内を走りまくった。

 天井や壁、床、普段目もくれないようなあらゆる場所を捜索したが、やはり爆弾反応は一向に示さない。

 気づけば、残り時間は僅か5分となった。


「藤ヶ谷さん……ダメです、爆弾らしきものは何も見つかりません!」


 同じく捜索を手伝ってもらっている他の本部勤務のメンバー達からも異常を示す連絡はまだ入らずにいた。


「諦めよう……颯介! 爆弾の規模が分からない。最悪本部が木っ端微塵に吹き飛ぶ……。ボクたちも含めて全員で避難しよう!」


 レンはそう言って悔しさを胸に下唇を噛んだ。


「いいや、ここは僕の能力で切り抜けよう」

「!!」


 残り1分を切ったタイミングで、藤ヶ谷は本部中央に移動し、目を静かに閉じた。


「そういえば、その能力……行使するたびに寿命を削るんだろ? あとどれくらい残ってる……?」

「五月蝿い……集中できないだろ!」


 隣で玉が細い汗を搔きながら、1秒刻みで時間を報告していた。


「5秒前! 4.3.2.1……!」


「『探偵の永久不変(プライベート・エターナル)』」


 その掛け声とともに、薄い透明な膜が建物全体を覆うように波のごとく広がっていく。

 

 その数秒後だった。


「グァアアアアアアア!!!!」


 入口付近の廊下で苦痛の悲鳴が聞こえた。


「おい颯介……まさか間に合わなかったのか?」

「そんな筈はない……!」


 二人は真っ先に悲鳴元へと疾く走った。

 一呼吸遅れて玉もそれを追った。

 

 現場に着くと、そこには赤黒い煤と千切れた手足の指のみが無惨に転がっていた。

 顔や胴体は跡形もなく潰れてしまったせいで、誰が死んだのかすらこれではわからない。

 近くの壁の大野が飾った絵画はありえないほどの量の血飛沫で汚されていた。


「何だよ……コレ。何の能力だ……?」


 人間業ではない目の前の出来事にレンは既に犯人はエフェクターだと決めつけていた。


「やはり人間そのものが内部から爆発したとかしか考えられない。だから僕の能力でこれは防げなかったのか……」


 藤ヶ谷が数秒前に発動させた『探偵の永久不変』とは、あらゆる無機物をどの様な事象に妨害を受けようと、形を絶対に変えないというものであり、どんなに威力の高い攻撃を受けようが、ネジ曲がったり、吹き飛んだりなどは一切しない。その範囲は実に彼を中心として半径10km。

 要は、守りに関してはトップ7随一。破格の絶対無敵の能力だ。

 どこに爆弾が埋まっていようが、無機物の形を平常に保つ、すなわち爆発は起こらない。

 その筈だった。

 さすがの藤ヶ谷でさえ、有機物の中に無機物の爆弾が隠されていようとは思いもしなかったのだ。


「藤ヶ谷様……これはおそらくダイイング・メッセージです」


 ゴッホの自画像の一つ、耳が欠けたゴッホがしんみりとこちらを覗いている絵画。

 血飛沫が煩雑に掛かっているなかで明らかに人の指で血文字を書いた部分が玉の注意深い現場観察によって見つかった。

 ソレが書かれていたのはちょうど。ゴッホの欠けた耳の真隣。

 『弓』という漢字が書かれていた。

 震えた手つきながらも力強さが伝わるその一筆からは、彼の最後まで探偵としての責務を果たそうとする執念が深く感じられた。


「ありがとう……名も知れぬ仲間よ。キミの想いはきっちりと伝わった。トップ7以外にもこんなにも優秀な探偵がDI7ここには集まっている。誇りに思うよ」


 藤ヶ谷は静かに目を瞑って両手を合わせ、彼を称えた。


「……犯人はアイツしかいない」


 トップ7陸ノ席・藤ヶ谷颯介はこのタイミングで犯人を特定できた。


「黒瀬、さっき送った容疑者リストに目を通したか?」

「もちろん」

「なら、今からソイツの所に行くぞ」

「当たり前だ。必ず逮捕だ」


 レンはゲートにて幾つかの武装を整え、久しぶりに隊服に袖を通した。

 藤ヶ谷だけではない。

 レンは徐に右眼の包帯を颯爽と外すと、当時の冷酷無比な鋭い眼光に戻っていた。

 かつてのレンにとっての家で自分が居ながらこれだけの重い被害が出たのだ。これは一人の人間として実に正しい態度であった。


「ボクがメイン、颯介はサポート」

「――――出るぞ」


 もう午前に円卓室でふざけ合っていた二人の姿などもうどこにも無かった。

 かと言って仕事中の真面目な顔というわけでもない。

 トップ7独特の気高く重厚なオーラを纏った、狙った獲物を仕留める前の、血肉に餓えた鬼神――。

 それはまるで己が覇道をひたすらに歩まんとする、乱世の侍に近いものだった。


「え……? 二人とももう犯人分かったんですか……? てかもう出るんですか? こ……これがトップ7!! (話しかけられない!)」


 雷を纏ったかの如く、疾く門を蹴った二人をまたもや必死に追う玉森であった。





 同刻。

 カイロ国際空港。


「これが最後か……流石に疲れる。やはり本命には間に合いそうにないな……」

「早すぎるくらいですよ大野さん……! ですが心配ですね……既に日本に向ってしまったようです」

「足が速い敵だ。だが、心配は要らないよ。今本部には――――最強の鉾と盾がいるからね」


 

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