第36話 乱戦の意味

 お互いの呼吸が聞こえる距離を保ちながら、四人小隊はひたすた前進した。

 紫水にはこれが最適な編成かどうかもわからなかったが、レンを信じることにした。

 女子3人の男1人という構成なのに、男の自分が一番戦闘に長けてないのは少し複雑な気持ちだったが、そんなことを愚痴る暇はなかった。


「ボクの右眼の『探偵の千里眼プライベート・アイ』で行動をサポートする」


 レンは始めて能力の名前を口にしてくれた。

 出会った頃よりも確実に心の距離は縮まっているだろう。

 紫水はホッと嬉しくなる反面、相変わらず能力の詳細は伝えられていなかったため、不安な気持ちも残っていた。


「夜! 右斜め後ろ60°!」


 カサカサと自分たち以外の葉を掻き分ける音を察知したレンはおそらく右眼の能力を使って、黒薔薇に的確な指示を出した。


「――――ッ!」

「グハッ!」


 その指示を受けた黒薔薇は反射的に身体を空中で捻りながら、対象の方角へとナイフを付きのばすと、白い仮面と保護色の服を着た男に見事刺さった。

 刺さったのは太ももだったため、致命傷にはならないが、相手の足を止める攻撃としては完璧な立ち回りだったことに気づいた紫水は安心した。


「朝! 武器を没収して、カードを持ってたら回収しといて」

「もうやってるよ。武器は手のナイフのみ。カードはない……。えっ? 無いの?」

「元々自分で集める気はサラサラなかったんでしょ。先に進むよ!」


 まるで戦時中だ。

 もちろん戦争など歴史の教科書や旅行先の資料館でしか得られない知識だったが、紫水は想像でそう思った。


「そもそも……何で神宮寺財閥のイベントでこんな物騒な奴らがうじゃうじゃいるんだよ!」

「優奈様や靖国様に文句でも? 紫水様」


 前を歩く黒薔薇が背中で喋る。


「いや、むしろ信用しているからこそだろ! 靖国さんの知り合いがこんな連中じゃ心配だぞ」

「確かに……少し妙ですね……」


 木に太陽の光が隠れたから少しは涼しくなるとこの場の全員が思っていたが、四角から始まる戦闘の存在で緊張による冷たい嫌な汗が頬をつたる。


「紫水! しゃがんで!」

「お、おう!」


 ――――。

 紫水の頭上をレンが水平に投げたナイフが空を斬った。

 その数秒後。

 来た道の遠くから微かだが男の悲鳴が聞こえた。


「今の、葉の音も気配もなかったのに……! どうやって分かったんだ?」

「匂い。ここにいる4人はシャワーなんて浴びてないのに、船内のシャンプーの匂いが漂ってきたから」


 つくづく黒瀬レンが探偵でよかったと実感した瞬間だった。

 他のDIトップ7の実力がどのようなものかは一切知らないが、警察に代わる組織というだけあって、信頼が厚すぎる。


「……ボクが合図したら、夜と紫水は右に2メートルずれて5秒間停止してから前進して。朝を左にお願い」

「「了解」」

「えっ?」


 レンは黒薔薇のさらに前に身体を出して、何かのタイミングを伺っていた。


「今!!」


 ――バキュンッ!


 鋭く重い銃声。それは間違いなく、山頂付近からのライフル射撃だった。

 ほぼレンの合図と同時だった。

 いや。

 3秒だけ合図の方が早かった。

 紫水は黒薔薇に尻を蹴られながらも強引にレンの指示を全うできた。


 2発目。

 3発目。

 

「レン!!」


 木々の隙間からレンが人間離れをした動きで弾を避けながら、瞬く間に駆け上っていく姿を3人は見ていた。

 しばらくして、元の直線道に戻ると、上で手を振っているレンがいた。


「大丈夫か?!」

「もちろん! ほら、コイツ」


 ゴロンとその男は姿を現した。

 既にレンによって、腕と足を持ってきた縄で縛られていたため、再起不能だった。


「ねえ、君たちの目的ってホントにお宝??」


 レンは優しくその男に質問した。


「はぁ……ハァ、こんなトレジャーハントとかいうイベントに100人も参加なんておかしいと思わなかったのか……? そこの黒いのと白いの……お前ら神宮寺財閥の従者だろ……? あのオッサンに伝えとけ、この島のことをちゃんと調べてから開催しやがれってなっ!!」


 ゴッッ。


 黒薔薇と白薔薇は水平Wチョップを首にくらわせ、意識を奪い去った。


「ちょ、おい!」

「靖国様の悪口を言う者は問答無用で粛清対象です」

「右に同じです」


 レンは襲ってきた男の肌に何やらタトゥーが掘られていたことに気づいた。鳥のように見えたが、何かが違うようだった。今はお宝が優先だと自分を説得し、先を目指すことにした。


「この島……お宝以外に何かあるの……?」


 レンのサポートによって、4人は無傷で山頂を越え、今は反対側の少し下った開けた場所にいた。

 まだ開拓が進んでいないであろう場所でカードを拾うためである。


「あった!」

「あ、ずるい!」

「子供ね……朝」


 一番に見つけた紫水はそのカードを真っ先にレンに渡した。


 書かれていたアルファベットは『P』。


「これで何かわかるか? レン」

「いや、まだだ……。これもだけどボクはさっきのアイツの言葉も気になる」


 全員が黙って頷いた。

 

 星マークが書かれた島の地図と3つの言葉から導き出される宝の場所。

 トレジャーハンター・プロである岸解太の心臓を麻痺させた愉快犯。

 物騒な連中たちがこの島に上陸した意味。


 ――謎は深まるばかりだ


「――――?」


 紫水はふと視線を地面に落とした。

 黒いローブを被った人影が視界の片隅に見えた気がしたが、気のせいだったようだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る