第四話 牢に閉じこめられた魔王
「魔王…」
聞きなじみがある言葉ではあるがそれは空想上の著名な登場人物。
ゲームや漫画、アニメなどの創作物において、頻繫に起用される強敵。
その名は極めて有名ではあるが現実に存在すると信じている人はまずいないだろう。
俺もその一人だった。
…ついさっきまでは。
けど、もはやこの人が魔王である事を否定する材料が俺にはない。
あるとしたら『魔王は現実にはいない』という自分の頑固な固定概念だけ。
俺は死んで、気が付いたら未知の地で囚われていて、そしてこの世界には魔法があって、そんな世界の住人であるとても人間とは思えない程大きなこの人は自らを魔王と名乗った。
信じ難いが信じるしかない。これが現実であり、ここが異世界であることを。
この人が魔王であることを。
「ん?魔王を知らぬか?」
「あっいえいえ知ってます知ってます」
魔王。ゲームの中だから今まで特別な恐怖心や敵対心は無かったが現実でかつ目の前にいると認識した瞬間、俺には今まで感じていたものとはまた別の恐怖心が宿っていた。
魔王の逆鱗に少しでも触れようものなら間違いなく殺される。
とりあえず今は生き残る術を模索しなければ。
「そうか。まあ、この世界で生きていて知らないわけがないか」
すいません。僕、この世界で生きてないんです。つい、二時間ほど前に来たばかりなので。
何を話したらいいのか分からない。ただでさえ知らない人と二人きりになる状況は苦手なのに魔王と二人きりだなんて。
「ん?おぬし、ひょっとしてわしに怯えているのか?」
「えっえとー…はい」
俺が気まずさと恐怖心に苛まれていると魔王がまるで俺の心を読んだような至言を口にした。
「やはりな。なに、怯えることは無いぞ若者よ」
「あのー」
「なんだ?」
「もしかして、僕の心読みました?」
俺はまるで割れ物を触るように優しく、恐る恐る魔王に尋ねた。
「ふっ…はっはっはっは!!」
すると、魔王は大声で笑い始めた。
思ってもみない反応に俺は口を少し開けて、呆然としてしまう。
「おぬし、面白いことを言うな」
えっ?俺、なんか面白い事言ったけ?
訳も分からず、俺は首をかしげていると魔王は突然と天井に指をさした。
何か、魔法を唱えるのかとも思ったがどうやら上を見ろと指示しているみたいで俺は顔を上へと上げる。
「あれが見えるか?」
「あれ?あの黒い紙ですか?」
「ああ」
天井を見るとその中心には何か、紫色のオーラを放っている黒い紙が貼ってあった。
なんだあの紙?何かしらの力が宿っているのは分かるけど。
「あれは魔法封じの呪いが掛かった札だ。あれがある限りはこの部屋で少しでも強い魔法は使用できない。先程、わしが使った言語を理解する魔法は殆ど魔力を使用しないので使えるが相手の心や心理を読む魔法は魔力が高くて、この部屋ではとても使えん」
「へっへえー」
すいません。魔法による魔力の強弱の差が全く分かりません。
ていうか、魔王でもどうにもならないような強い力が宿った札がこの世界にはあるのか。
「じゃじゃあ剝がせばいいんじゃないですか?」
心の中で強く、そんな何気ない疑問が残ったので俺は尋ねるのが少し憚られながらも魔王に聞いてみた。
「おぬし、もしやかなりの無知だな。あの札を剝がしてみろ。あの札は特別な魔法以外での方法で無理に解除しようとすれば忽ち、自分の体に魔法封印の呪いがかかり、全ての魔法が一生使用できなくなる。まさに本末転倒だ」
「なっなるほど」
少し馬鹿にはされたけど、あの札、禍々しいオーラに反さず、凄い力を保有しているんだな。
「だから今のわしは人間から言わせればただの老い耄れに過ぎんのだよ。だからそう畏まらなくてもいい」
「そっそうなんですね」
そっか。じゃあ、今は俺に害をなすような魔法は使用できないのか。
それなら少しだけ安心できる。まあ、魔王と二人きりでしかも捕まっている状況自体は一切これっぽっちも変わらないんだがな。
魔王が沽券に似合わぬ朗らかな性格であることが分かり、俺はほんの少しだけ胸を撫でおろすと何か上からバサバサと翼のような音が聞こえてきた。
鳥でもいるのか?っと思い、上を見上げると角の生えた一回り大きい蝙蝠のような生物がこちらに向かって急突進してきていた。
「痛!」
その生物は見上げていた俺の顔の上に突撃し、俺は顔を強く打たれた。
「だからといって、魔王様をなめたら俺が許さないぞ!」
明らかに魔王とは違う高い声。その生物が顔の上で暴れているために状況がよくわからないがそれはどうやらその生物が発しているみたいだった。
「こらイーワ。やめなさい」
俺の顔の上で暴れるその生物を魔王が注意するとその生物は俺の顔から離れる。
魔王とその生物の言葉から察するにどうやら、この生物は魔王の配下、名前は『イーワ』というらしい。
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