悲しみ


夜 真っ暗な家で

あなたの手を引いた

あなたは深刻な顔をしていた

連れ合いは耳が聞こえず

タガの外れたラジオが

戦慄するような音量で

鳴りひびいていた

まるで取り返しがつかない

過ちを犯している最中のような

恐ろしさがあった


わたしは眠れないと困っている

あなたの手をにぎっていた

「わたしの家に来ればいいよ」

布団も部屋も余っているよ

はやく行こう

一刻もはやく


二人でタクシーに乗り込んだ

あなたはちょっと困った顔をしたけれど

決して わたしの手を拒まなかった



目が覚めて

無性に悲しくなった

あの家はもうなかった

あなたはもう

夢の中のようには若くはなかった

わたしはもう

どうすればいいか分からなかった


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る