俺と彼女の暇つぶし
ムラサキハルカ
第1話
「なんか、最近退屈だよなぁ」
このご時勢、都会の端でどうやって生き残っているか意味不明な駄菓子屋のベンチに座りながら、
高校からの帰り道の途中に寄った先で飲む、ラムネをあおる弘は、ダルそうに溜め息を吐いた。直後に隣から、くくく、とこれみよがしな少女の笑い声が聞こえる。
「そんなに退屈なら、いっそ死んでみるかい」
いきなり物騒な物言いをする少女は、黒い肩の辺りまで伸びた髪を掻きあげたあと、チョコアイスバーを上品にかじる。
「お前は、いっつも極端だな、
少女の名字を口にした弘はややうんざりしつつも、正面を見やる。散歩をしている老人と柴犬がいた。近衛と呼ばれた少女は、心外だな、とへらへら言った。
「親しい者の悩みを解決するのは、友として当然のことだろう。ましてや、親愛なる矢吹君の願いともなれば、一も二もなく解決したくなるというのが人情だよ」
「人情、ね」
弘があらためて隣に視線を送ると、薄く笑う大人びた顔をした少女がいる。
「それにしても、死んでみろ、はひどいんじゃないか」
「なぜだい」
理解不能といった風に尋ね返してくる少女の態度に、こいつ正気か、と弘は疑う。もっとも、この少女が突飛な発言をするの自体は今にはじまったことではないため、さほど驚きもしない。
「ええっと、ヒボーチューショー的なやつとか」
「くだらないね。君も世間の価値観に毒されているのかい。まことに残念だ」
失望した。付け加えられた近衛の言葉に、弘は、ほんの少しだけ傷つきながらも、気にしていても仕方がないな、と、じゃあ頭がいい近衛の考えってやつを教えてくれよ、とやや皮肉交じりに返す。
「そもそも、死というのはただ単に状態の変遷でしかないと私は考えている。人間や他の生物などを生きていると定義したからこそ、死という概念が生まれただけで、死という言葉それ自体には何の意味もない状態を表す語であると」
「でも、おれなんかは、死ねとか言われたら嫌だなぁ、と思うけどな」
現時点においても、先程の、いっそ死んでみるかい、という言葉を引き摺っている弘としては、微妙に納得が行かないことだった。近衛もその点は重々承知なのだろう。そうだろうね、と認めた。
「一般的な、死ね、に込められるのは他者への害意であることが多いからね。死ね、という言葉を向けられた立場からすれば、自らの存在そのものを勝手に終わらせようとしてくるんだ。それは嫌だろう」
「だったら、さっきの近衛のだって」
「そこが違うのだよ。私の死んでみるかい、は矢吹君への愛ゆえに発せられたものなのだ」
愛。壮大な言い訳だな、と弘は思いつつも、愛って、と続きを促す。
「なにせ、私の言葉にあったのは害意ではなく、そちらの方がいいのではないのか、という提案だからね」
「死ねを提案する友達って」
「まあ、最後まで聞きたまえ。私が矢吹君の退屈だよなぁ、の発言を聞いた時、端的に『死ぬほどの退屈を抱えている』と解釈した。ここまでは合ってるかな」
「そこまでじゃない、と思う」
弘は友人の発言を否定しきれない。死ぬほど、といえるほどではないものの、たしかにものすごい退屈だな、という気分だったのだから。その気持ちを受けて、我が意得たり、といった様子の近衛は満足そうに目を細めた。
「だから、直感的に『短絡的ではあるものの死こそが矢吹君にとっての救いになるのではないのか』と解釈した結果が、そのまま口から出力されたのだよ。もちろん、僕としては君のような愉快きわまりない話相手がこの世から失われてしまうのはあまりにも悲しいし、なんなら後を追うか、というところまで考えたりもしたが、いずれは訪れることであるのだからいたしかたない、と考えたのさ」
長々とした近衛の弁明を、弘は疑わしい気持ちで耳にした。言い過ぎたのを理解していても謝れないから、頭の回転に任せてそれらしい言い訳を現在進行形で作り出しただけなのではないのか、と。とはいえ、頭の中を読みとる機械がない現状、真実は近衛の中にしかないのだが。
「とはいえ、軽はずみな物言いで君のことを傷つけてしまったのはたしかなようだ。その点は申し訳ない」
「いや、いいよ。たいした話でもないから」
謝れないから言い訳を作り出した説が一瞬で崩れ去ったのを確認した弘は、気にしていない、ということでこの件の解決をはかることにした。どのみち、この会話も暇潰しの一環でしかないのだから。
「そう言ってもらえるとありがたい」
ほっと胸を撫で下ろした近衛の様子を、おや、と思いつつも、再び正面を見据える。夕空にはいつの間にか飛行機雲が伸びていた。
「とはいえ、私の方でも考えておくよ」
「なにをだ」
「退屈の紛らわし方さ。私自身は君といることで十分満たされているが、そんな君が抱えている死ぬほどの退屈だ。できうるかぎり早く、どうにかしてあげよう。約束する」
「そこまで大袈裟に考えないでもいいから」
否定しつつも、弘の胸にはほんの少しだけ期待の火が点った。とりわけ、相手は近衛なのだ。この小難しい話を喋りがちな友人であれば、なにか面白いことをしてくれるかもしれない。飛行機雲を見守りながら、弘は自らの唇が弛むのを感じた。
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