第54話 崑崙山

 崑崙山に降り立った長牙は、周囲の様子に背筋が凍る。


「な、なんですか? これは……」


 天界に近い場所。仙力の源になる気が直接降り注ぐはずの崑崙山。

 早春の門が蚩尤によって支配されてしまった時に、仙力を失った仙女達が、落ち延びた場所。


 なのに、蚩尤の国を思わせる荒廃ぶり。

 蚩尤の国のように暗闇ではない。

 たが、照り返す日を遮る木々はどこにもない。流れているはずの清らかな清水もみえない。


「仙女達はどこに?」


 グルグルと長牙は周囲を探す。

 いない。仙力の源たる気の気配は、微かにあるが、期待したような濃度ではない。


「どうしよう……。これじゃあ、千年の桃を作れない」


 子喬が土を掘りかえしてため息をつく。

 大地が力を失って干上がっている。とても植物が育つような状況ではない。


 照り返す太陽の力が強すぎる。

 

 空を仰いで長牙はうなる。

 なぜ、こんな状況になってしまったのだろう……。


 早春の門からは、仙力の源となる気が十分に流れ込んでいた。

 なんの異常もなかった。

 つまり、天界は異常は起きていないということだろう。


 では、何が?

 何が原因なのか。


「早春の門ですよ」


 背後から聞こえた声に振り返れば、そこには水月の姿があった。

 先程、仙人の国で見た瀕死の姿ではない。

 健康そうな水月の姿。だが、匂いは確かに東王父の物だ。


「す、水月様?」

「違う! 長牙! コイツは水月様じゃない!」

「ですが、子喬! この匂いどう考えても東王父の……」


 長牙は、言いかけて自分で答えをみつける。


「そう……か。天帝!」


 長牙は桃源郷の長、仙女の王である西王母の眷属たる白虎。

 当然、仙人の長である東王父の知識はある。


 陰と陽。西王母と東王父。そして、蚩尤の国の王と天帝。

 西王母と蚩尤の王がそうであるように、東王父と天帝も対をなす。

 一つだけでない。複雑に相互に影響を与えているこの陰と陽の関係。


 西王母となる魂が二つ双子に分かたれたように、東王父もまた天帝と魂を二分している。


 全ては、均衡を保つための仕組み。

 一つが欠けたとても、世界がひっくりかえってしまわぬように。


「白虎よ。早春の門の何たるかを考えたことがあるか?」


 天帝が長牙に問う。


「それは、天界の気を桃源郷に満ちさせるもの。仙女達の仙力の源となっております」

「そうだろう? では、その早春の門へ気が流れれば、この崑崙山の気はどうなる?」

「え? まさか……早春の門へ気が流れるから、ここがこのような荒廃して有り様に?」


 まさか。一体、何千年、桃源郷に気が流れ続けていたと思っているのか。

 なのに、今更、そのような事態になるなんて、そんな道理があるのだろうか?


「枯れたのだよ。だから、一度、早春の門を閉じて、ここに気を満ちさせる必要があったのだ。それなのに、お前達が勝手に開けてしまったから」


 やれやれと、天帝が首を横に振る。


「そ、そんなこと!! もしそんな事があるなら、なぜ蚩尤に襲撃なんてさせたのです? ちゃんと話して解決出来ることでしょう?」

「話したさ。そして、先代の桃華が隠ぺいしたのだ。だから、私は、蚩尤の国と協力して、早春の門を閉じたのだ。そのことは、水月も知っている」

「ええっ!!」


 そんなはずはない。

 そう言いたいが、確証が持てないで、長牙は躊躇する。


「ふざけるな!! そんな訳ないだろう!!」


 長牙の代わりに、子喬が怒る。


「そうですよ! 桃華様は、そんな方ではありませんでした!」


 蓮華も言い返す。


「ほう? しかし、現にここはこのように荒れ果てているではないか」

「だからと言って、それが早春の門のせいとは、限りません!!」


 長牙は警戒して唸り声をあげる。

 この男、天帝が攻撃してくるようならば、子喬と蓮華を守らなければならない。

 

「そう警戒するな」


 にこやかに天帝は笑う。

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