第52話 小さな者達の恨み

「え?」


 聞き返す私の言葉に、驟雨は答えない。

 どうして? 本当に? 水月が? どこで? どんな風に?


 頭の中で無駄にめぐる疑問と、思い出される仙界での水月の姿。

 仙人見習の子ども達に慕われて、胡弓を弾いていた。


 心が思った以上に凍り付く。

 どうしたというのだろう。だって、薄々分かっていたことじゃない? 水月に何かあっただなんて。

 だって、私の目の前には、桃李が敵としているのよ。

 私と対をなす存在の水月にも同じように敵となる片割れがいるとして、何の不思議があるの? 


 頭では分かっているのに、どうしても心が受け入れない。

 

「嘘でしょ……」

「馬鹿者め。この驟雨が水月様のことで嘘を言う訳なかろうが!!」


 驟雨の表情が険しい。

 地響きのような驟雨の声。


 分かっている。分かっているの。本当は。

 驟雨が嘘なんて言っていないことも、最初から。


 ただ、心がついていけてないだけ。


「もう、諦めたら良いのに。驟雨も大人しく天帝に従いなさい」


 桃李の冷たい声。苦しそうな驟雨。

 私の中で、何かがプチンと切れてはじける。

 柿の木の枝を使ってものすごい勢いで私は桃李の傍へ。


 私の思わぬ行動に、桃李が攻撃を忘れて一瞬怯む。


 パアン!!


 桃李の頬を思いっきり平手打ちした。

 思わぬ物理攻撃に、私の平手打ちをそのまま喰らって桃李が驚く。

 今まで、距離をおいての仙力での戦いだったから、こんな直接の攻撃が、小さな私からくるとは、桃李は少しも思っていなかったのだろう。


「み、美華??」

「桃李!! つけあがるのもいい加減にしなさい!!」


 睨みつける私を睨みつける桃李。

 我に返って、私を捕まえようと手を伸ばしてくる。

 だけれども、私が簡単に捕まる訳がない。

 だって、ここは驟雨の雨で、生い茂った緑が広がっている。

 周囲は私の味方だらけだ。


 私が操れば、植物は器用に私と桃李の間に割って入って、桃李をかく乱する。


「クッ」


 イラつく桃李にシダ植物が、キノコが胞子を飛ばす。

 霧のような胞子に包まれて、桃李は視界を失う。

 私と対になる能力を持つ桃李。

 桃李も私のように植物を操ろうとするが、上手くいかない。


「まだ気づかないの? この植物たちは、あなたを恨んでるわ。だから、あなたの言うことは聞かない」


 仙力を通して、私は植物たちの言葉を聞いた。

 蚩尤を使って桃源郷や仙人界の戦力を削ぐことにばかり目を向けていた桃李。

 本来、この国の植物に向けるべき力を、全て他国への攻撃に使っていたとして、この国の植物たちが怒らない訳がない。

 静かに眠るはずの命を無理矢理起こして言いなりに戦わせる。そんなことにばかり桃李は力を使っていたのだから、自業自得だ。


 視界を奪われて、桃李は焦る。

 まとわりつく胞子は、桃李を捕えてはなさない。


 もがく桃李の背後に立つのは私。


「覚悟しなさい。桃李」


 私は、静かにそう言い放った。


「」



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