第45話 水月の行方

 ピクンと長牙の髭が揺れる。

 桃源郷に、早春の門に何かあったか?

 

 まだ門から流れ出る気の風は感じるから、閉じられてはいないようだが……。


 眼下には、二人の桃華が戦っているのか見える。

 助けて差し上げたい。だが、これ以上近くに行けば、力の強い方の桃華に引っ張られて小さな桃華を攻撃してしまう。


 使い魔の本能に抗うために距離を取らねば。大切な小さな桃華様に危害を加えることになる。それは、嫌だ。


 しかし……なぜ驟雨がここにいるのか。 

 水月はどうしたのだろう?

 

 嫌な予感を抱えながら長牙は、仙人の国へ飛んだ。大切な胡弓を貸してくれた水月を引っ張って来られたら、きっと小さな桃華を助けてくれる。そう思ったからだ。


 疾風のように走れる長牙が仙人の国にたどり着くのに、そう時間はかからない。

 すぐに仙人の国の入り口、あの桃華と待ち合わせをした場所には着いた。

 しかし、何か違和感を覚える。

 桃華と一緒に去った日と、何の変わりもなく見える風景だが、気の流れが違う。


「おい! お前!」


 声をかけられて下を見れば、見覚えのある少年の姿。子喬だ。草陰に隠れて辺りを窺っている。

 長牙は、慌てて子喬のそばに降りる。


「お前、アイツと一緒にいた虎だろう?」

「アイツって……主をアイツ呼ばわりされては、あまり良い気はしませんね」

「のんきな奴だな! こんな時に!」

「こんな時?」


 首を捻る長牙の髭を子喬が引っ張る。


「ひゃあ! い、痛い! 何するんですか!」

「良いから! 来い!」 


 子喬にグイグイ引っ張られて向かったのは、ボロボロの小屋。昔は何かに使われていたのだろうが、今は見る影もない廃墟。

 少年達が遊びで隠れ家にしていたであろうが、その中へ長牙は引っ張り込まれる。


「もう! 乱暴だなぁ!」


 長牙が髭をさすりながら小屋の中を見渡せば、少年達に囲まれて一人の大人が倒れている。


「なんてことだ」

「俺達で運んだけれど、まだ目を開けてくれないんだ」


 そこに倒れていたのは、水月。

 衣は血にまみれ、目は固く閉じられている。呼吸はある。弱々しいが気を感じるから生きてはいる。


 驚いた長牙に、子喬が事情を説明する。


「突然の雷鳴と雨。それに蚩尤達の襲撃、大人達が頑張って戦ったけれども、ダメだったんだ」


 『ダメだったんだ』の言葉の中に、どれほどの辛いことが込められているのだろう。

 長牙は、子喬の頬を舐めて慰める。


「水月様は、俺達を逃がして敵と立ち向かっていて……でも、俺達だって仙人だ。俺達の出来ることがないかと戻ってきたら、水月様が倒れていたんだ」


 なんて無謀な。大人が歯が立たないような相手に、子ども達で何をするつもりだったのか。


「で、急いで俺の作った薬を飲ませて、みんなでここに運んだんだ」


 長牙は、水月の匂いを嗅ぐ。

 子喬の仙薬は優秀なようだ。どうやら、死の匂いはしない。時間はかかるかもしれないが、いつか回復するだろう。


「敵の姿は見ましたか?」


 その質問に、子喬がフルフルと首を横に振る。


「俺は見た!」


 そう言ったのは、ずっと水月の手を握り続けていた少年。


「桃源郷の仙女達だ! アイツら、仙人の国に攻めてきやがった!」

「まさか! そんな馬鹿な!」


 長牙は、愕然とした。

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