第26話 潜入

 水月の館。

 私は、男装して給仕係のフリをして忍び込む。

 少年の給仕係は何人もいるから、それに紛れたっておかしくないはずだ。


「そんなのすぐにバレちゃうんじゃないですか?」


 とっても否定的な意見をぶつくさ言いながらも、長牙ここまで送ってくれた。

 西王母の使い魔の長牙が、この国を訪れたところで何の不思議もない。

 

――桃華からの書状を持って来ました。


 そう言えば、すぐに国境は通り過ぎることが出来た。


「その男の子は?」


 当然のように、国境にいた仙人は、私のことを指して尋ねる。


「ああ、この子は、桃源郷で産まれた子なんですけれどもね。将来、仙人になりたいっていうものですから、見学がてら連れてきてみたんです」


 長牙の大嘘を、「ふうん」と、簡単に信じてくれたのは、それほど桃源郷とこの国が、友好的な関係であったからだろう。


 だからこそ、こんなに簡単に水月の館にも潜り込めた。

 給仕係の少年は、数名。

 ちょっと話をしたところによれば、皆、仙人になりたくて、修行の身らしい。

 桃源郷では、仙女達が崑崙山から戻ってきていないからか青鳥しか見ないが、長く平安に水月が治めるこの国では、館の雑用をこなす人間は多いようだ。


「そんなにちっこいのに、よくこの館に入れたな」


 私よりも年上の少年が、そう言って笑った。


「はい。幸運でした!」


 私は、適当に答えをかえす。

 幼い私に給仕長が言い渡した仕事は、皿洗い。

 それも、何人もいるから特に大変ではない仕事。それ以外は、書物を読んだり仙術を磨いたり、そのようなことをして過ごせば良いらしい。


「俺の仙力は、どうも火の属性らしい」

「かっけぇ! いいな! 俺は、木なんだけれども、いまいち力の使いどころが分からなくて」

「木かぁ。戦いにどう使うんだろう? でも、便利だよな。腹減ったら、すぐに木の実を喰える」

「それな!!」


 明るく楽しそうな会話を繰り広げる少年たち。

 どうやら、この館は、仙人を目指す者の学校の役割も担っているようだ。


「ねえ、水月様ってどんな人?」


 私は、少年達に聞いてみる。


「なんだ? お前だってあったことあるだろう?」

「そうだよ。水月様は、この館全体を見回っていらっしゃるし!」

「そうなんだけれどもさ。でも、ゆっくり話したことはないし」


 にこやかに私は返した。

 仙人界で水月がどのような人物と思われているのかは、気になるところだ。


「かっけえよな。唯一無二の力」

「この仙界の長だし」

「お優しい人だし」

「分かる。少しくらいの失敗なら、笑って次から気をつけろで終わり出しな」

「俺、頑張ってるな! て、声かけてもらったことある!」


 少年たちの話す水月の印象は、どれもとても良い。

 とても、自らの伴侶である西王母を手にかける人物には、思えない。

 本当に、何があったというのだろう。


「なあ、そんなに水月様と話してみたいなら、お茶を頼まれているから、持って行ってみるか?」


 いきなりのチャンスだ。

 私は、大きく首を縦に振った。

 


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