第16話 蓮華の怒り

 夜中に私を起こす者があった。

「桃華様! 桃華様!」


 私の枕になっているモフモフの長牙はまだ寝ている。

 目を覚ませば、そこに木霊の緑。昼間、蓮華からの言葉を伝えてすぐに帰ってしまった緑が、私を揺り動かしている。


「どうしたの?」

「うわぁぁん! 大変なんです! 木の大仙女様が! 蓮華様が!」


 緑が慌てている。

 何がどうしたというのだろう? 全く分からない。


「落ち着いて!」

「だって落ち着いていられません! 大仙女様が、早春の門を取り戻しに、単身で!!」


 え、早春の門? 早春の門の周りには、統率のとれた蚩尤のがうようよいるという話ではなかったか?

 あの攻撃型の炎花が、もう一人の大仙女と一緒に守っても守り切れなかったはず。


「長牙! 起きて! 行かなきゃ!!」


 私は慌てる。

 木の大仙女の今の力は知らない。だけれども、門が閉じられていて力が弱っているはずだ。それなのに単身で取り戻しに行くだなんて無謀もいいところだ。

 絶対に止めないと!


「ふえぇ? なんですか? 夜中に」


 目を擦りながら長牙が起きる。

 一応長牙は、私の警護も兼ねてそこで寝ているはずなんだが、こんな寝ぼけていて大丈夫なのだろうか?

 木霊の緑が来たことも全く気付かなかったし!


 私と緑の話を聞いて、長牙が慌てる。


「え、そんな! どうしてそんなことを!」

「決まっているでしょ! 大切なトネリコを奪われて、蓮華様がお怒りが限界になったんです! 先代桃華様が崩御されて、早春の門が奪われて。それでも必死で蓮華様は、この桃源郷の木々を守ろうとしていたのですが、その努力も虚しく次々と木々は失われ、ついには大切なトネリコまで!!」


 緑の声は震えている。

 崑崙山へ逃げた仙女達とは違い、逃げることの出来ない木々。次々と仲間が襲われて、辛い想いをしてきたのだろう。


「行こう! 長牙! 蓮華を止めなきゃ!」

「ええ、青鳥に炎花様も呼んでもらいましょう!」


 私と炎花は、長牙の背に乗った。

 早春の門に向かって長牙は夜空を飛ぶ。


「しっかりつかまっていてくださいよ!!」


 長牙は千里を走るスピード、つまり有名メジャーリーガーの球威と同じ速さで風に乗る。

 風圧で手がジンジンする。


「桃華様、背を低くして」


 炎花のアドバイスに沿って、私は長牙の背中にくっつくようにして風を避ける。

 後ろから炎花が抱きかかえるようにして守ってくれる。


 真っ暗闇の中、炎花の灯す小さな灯が行く先を照らす。

 ぼんやりした前方の岩山の頂に見えてきたのは、乳白色の色の大きな門。


 すごい。あれ、どのくらいの高さがあるのだろう。

 ちょっとしたビルほどの大きさで、扉が閉じられている。


 あれが、早春の門……。


 あの門が閉じられているから、仙女達は、力を失った。

 そして、あの門の下には、蚩尤はウヨウヨいるはずだ。

 



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