第8話 火の大仙女 炎花
長牙の背に乗って、私は空を駆ける。
モフモフした長牙の背は、その毛皮が丁度良いクッションになっていて、それほど振動を感じず快適に乗っていられる。
顔に感じる風の感覚からして、高速道路をオープンカーで走る感じ?
とんでもないスピードで長牙が飛んでいることは、周囲の風景がドンドン後ろに流れる状況からも分かる。
「虎は一日に千里を走るんだっけ」
私は、前世で得た知識を思い出してつぶやく。一里が四キロメートル弱だから、千里は四千キロメートル弱。つまり、それを二十四で割れば、時速……百六十キロを超える。
わ、有名なメジャーリーガーの球速と一緒だ。メジャーリーガーの投げたボールの上に乗っているみたいなものか。
「千里ですか? そのくらいなら確かに頑張れば走れますよ? やってみましょうか?」
「やめて。無理だから。そんなの乗っていられない!」
私は、慌てて長牙を止める。
長牙は、慌てる私の様子にとても楽しそうに笑っている。
「ほらほら、見えてきましたよ。あれが火の大仙女、
長牙に促されて下を見れば、真っ赤な狐ユリに囲まれた庵が見える。
長牙は、庵の前に下り立って、私を降ろしてくれる。
事前に使いの者が知らせております、という長牙の言葉を信じて、私は庵の扉を叩く。
「炎花様。桃華です。いらっしゃいますか?」
私が恐る恐る扉を叩けば、中から慌てて出てくる人がある。
あれ? 仙女じゃなかった? 男の人?
出てきたのは、男性の衣装を着た人。赤い髪をした短い髪のイケメンは、私を見て満面の笑みを向ける。
「桃華様!! よくお越しくださいました! 炎花です! お久しぶりです!!」
ぎゅっと抱きしめられて慌てる。
「炎花様! 桃華様は、こちらの世界の記憶を失っておられます。そう使いの者も申したはずですよ!」
私を抱きしめて嬉しさでグルグルと回る炎花に、長牙が慌てて注意する。
「おっとそうでした。失礼いたしました」
パッと手を離されて後ろへよろけるのを、長牙が背で支えてくれる。
「もう! 相変わらず乱暴なんですから!」
長牙が炎花を睨む。炎花に抱きしめられて一つ分かったのは、炎花は、確かに女性。胸はあった。男装の麗人ってところか?
「桃華様、早春の門や、桃華様の記憶に関してのお話ですよね?」
炎花に促されて、私は首をこくりと縦に振る。
その辺りの話がはっきりしなければ、早春の門をどうやって取り返せば良いのか、どうやって蚩尤を撃墜すれば良いのか分からない。
「私にも、分からないことだらけですが、早春の門が奪われた時のことをお話することは出来ます。何かの手掛かりになればよいのですが」
炎花は、私と長牙に家に入ることを促す。
すすめられるままに私は椅子に座る。
炎花の淹れてくれたぬるめのお茶が美味しい。
「あれは、桃華様が崩御された後です。早春の門をその時守っていたのは、私、炎花と、金の大仙女の
二人の大仙女が、解放された早春の門の前で戦って勝てない敵はいないと驕っていたのだと、炎花は悔しがる。
だが、あまりに多くの蚩尤を前にして、炎花も稲妻も、防戦一方になり、いつしか敗北して稲妻に促されるままに逃げるのが精一杯だった。
いとも容易く制圧されて閉じられた早春の門。
稲妻は、力を失った仙女達を誘導して、そのまま崑崙山の奥へ逃げ、門を守り切れなったことに責任を感じた炎花は、この桃源郷へ戻ってきて、弱くなった仙術を必死で使って戦っていたのだという。
「敗戦した者が、こんなことを言うのはおかしいかも知れませんが、あの時の蚩尤は、何か変だった。恐ろしく整えられた軍列。地形を生かした戦い方。今まで力任せにただ襲ってきた様子とはまるで違う戦い方だった。私は、今でも確信しています。誰か力のある仙術を使う仙女か仙人が、蚩尤の味方をしたのだと!」
炎花は、イライラしながら机を拳で叩く。
「長牙、ねえ。桃華が亡くなったのも、騙されたからだって言っていたじゃない? その『騙された』ことも、早春の門を奪われた時のことと関係するんじゃない?」
私は、長牙に話を向けた。
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