第4話 あれで雑魚なの?

蚩尤しゆうを討伐しなければなりません。国の衰退は、蚩尤が国境を越えて国の生活を脅かすからです。西王母様の崩御により仙女たちも力を失い、崑崙山こんろんさんの奥に逃げてしまわれたのです。西王母・桃華様がお戻りになれば、蚩尤を討伐でき、国内を守れます。そうなれば、仙女の力を戻すことも考えられるようになりましょう。まずは、蚩尤をお力により撃退しましょう」

長牙は、私の問いに答える。


「蚩尤とは、どのような物なの?」

「……そうですね、それは見ていただいた方が早いと思います。見に行かれますか?」

「ちょっと、長牙! 桃華様は、まだこんなに幼い姿なのよ! そんなのまだ早いわよ! もし桃華様に何かあれば、それこそ大変なことになるのよ!」


 青鳥が慌てる。

 蚩尤とは、それほど危険なものなのだろうか? えっと、RPG上のモンスター的な存在で、頭の中ではスライムのような物を想像していたのだが、違うのだろうか?


「大丈夫だよ。いざとなったらこの長牙が助けるから!」

「それが信用ならない!」


 青鳥は長牙を睨む。


「まあ、まあ。どうせ一度は見ておいた方がいいし。いいよ。長牙、行ってみるよ」


 ええ、興味本位です。

 見たことのないものは、ちょっと見てみたい。


「では、早速! お乗りください」


 長牙に言われて、私は長牙の背に乗る。モフモフの体に掴まれば、長牙はさっと風を蹴って天を走り出す。


「ちょっと! 長牙! 怪我させたら承知しないからね!!」


 青鳥が後ろで叫んでいた。

 長牙は、天を走る。


「ほら、ご覧ください。あそこ、大気が滞って、黒々としているでしょう? あそこは、死の世界への扉が開いて、蚩尤が来ているのです。本来でしたら、仙女様や西王母様が、あのような場所はお許しにならないのですが、今では、あいつらの良いように喰い荒らされて、人々は逃げ惑うしかありません」


 長牙の促す前方の森に黒い異様な影がある。じわじわと広がる影。

 ……待って、あのすぐ傍に民家があるじゃない? 石造りの小さな民家。それが、つつましやかな畑の隣に建っている。鶏が慌てて逃げて行くのがみえる。


「わ、民家! 民家が巻き込まれる!」

私が慌てると、


「大丈夫ですよ。桃華様がご不在の間に民も馴れた者で、蚩尤の影が出現すれば、さっさと逃げるのです。まあ、喰われるのは、皆嫌ですからねっ……て、ええ? なんで?」


 余裕ぶっていた長牙が慌てる。

 民家の隣に、老女がへたり込み、その横に幼い少女が怯えて老女にしがみついている。老女の足、包帯が巻いてある。杖も落ちているところをみると、足が不自由で逃げられないのだろう。

 老女が必死に少女に逃げるように促しているが、少女は首を横に振って老女にしがみついている。


「と、と、と、桃華様とうか!! いかがいたしましょう?」

おろおろする長牙。


 それを聞きたいのはこっちだ。先の西王母がどのようにして蚩尤を撃退していたのか、それを説明していただきたい。


「長牙! とりあえず、助けなきゃ!」


 私は、この国へ来た時にやったように手に気を集中して、蚩尤に投げつける。


 ジュウウウウウ!!


 蚩尤にぶつけた私の能力が、蚩尤を焼いて煙をあげる。

 影の中から大きな腕が伸びてくる。カサカサの細い腕。三本の指の先には、猛禽類のような鋭い鉤爪がついている。

 老女と少女を狙っている。まずは、弱い者から手に入れようというのか?


 長牙の放った突風が、腕に襲い掛かるが、風の刃はいともたやすく避けられてしまう。


「この!!」


 もう一度私が、力を込めて気を伸びてきた腕にぶつければ、ダメージがあるのか、蚩尤が、痛がって暴れている。


「力がまだ弱い! 先代の西王母様なら、あの程度のクソ雑魚、一撃で滅ぼしておしまいになられましたよ!」


「うるさい! 仕方ないでしょ! まだこの国に来て間もないんだから! 蚩尤だって初めて見たのよ!」


 そんな百戦錬磨の先代と比べられても困るのだ。長牙だって攻撃を外したくせに!

 だが、あれを止めなければ、あの老女と少女が危ない。


 何か……何か……とりあえず止めなきゃ!!


 ……頭の中に、イメージが浮かんでくる。

 つづみのような格子状の建物……らせん状に躯体が絡まって……。

 ……これだ!


 私は、周囲の植物に呼びかける。

 力を、力を貸して!!


 私の気が仙術の力で周囲に広がる。

 桃源郷の植物は、この桃華の力によく呼応してくれるようだ。

 イメージした通りに太く力強い蔦が伸びて、蚩尤を囲みグイグイと締め上げていく。


 あの構造は、完全に理解している。そうだ。私の前世の仕事は、建築士だった。

 細部まで完璧にイメージできれば、あの構造は、そうやすやすと抜けることは出来ないはずだ! 案の定、狭い空間に閉じ込められた蚩尤は、抜け出せずに暴れている。

 

「上手い! あれなら私の力で!!」


 長牙がもう一度突風を巻き起こし、風の刃を蚩尤にぶつける。

 行動範囲を狭められた蚩尤は、風の刃で真っ二つにされて消し飛んだ。


「あの程度の雑魚、もっと優雅にお倒し下さらないと先が思いやられます」


 長牙が、やれやれとため息をつく。

 そんなことを言われても、困る。

 だが、理解した。私は、この国の人々を守るために、この場所へ来たのだと。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る