君の純情、僕の欲望

マァーヤ

桜餅たべた

 僕の好きな人は二つ年下の1年男子。

 高校生なのに中1のように小さくて可愛い。

 同級生の弟。

 兄貴には生意気なくせして、僕には敬語。

 そこがまた可愛い。

 野球部に入部してクリクリの坊主頭。

 それもまた可愛い。

 まわりのみんなより足も遅くて、いつもビリを走ってる。

 放課後、こうやって理科室の窓からグランドを見るのが日課になってしまった。

 春の終わりの風は心地よく、窓の白いカーテンがよくゆれる。

 青空に流れる白い雲、すっかり花の散った桜並木は青葉芽生えて清々しい。

 僕は考える。

 あの子と一緒に下校したら、おもわず抱きしめたくなっちゃうだろうか、と。

 クリクリの坊主頭をなでたら、どんなに気持ちイイだろうか、と。

 あの子の兄貴はやんちゃでクソ生意気だけど、なぜか憎めない性格で、なんだかんだで僕と仲がいい。

 高2で同じクラスになってから知り合った友だちだけど、悪いやつじゃない。

 ちょっとバカだけど。

 そんな兄貴に、あの弟。

 めちゃくちゃ真面目そうで、しっかりしている。

 あんなちっこいのに、入学式では人前にでて代表で堂々と挨拶をした。

 顔に似合わず低い声で、しかもよくとおる声。

 まったく物怖じしない態度が、男らしくてカッコよかった。

 ちっこいけど、中1みたいなみかけだけど、中身はイケメン男子そのものだ。

 僕が階段を踏み外した時、たまたま下にいてがしっと抱きとめてくれた。

 ちっこい体にぎゅっとされて、僕はもう胸きゅんだったよ。

「ありがとね」と頭をついなでたら、顔を赤くして「いいえ」て。

 あの照れてうつむいた表情は可愛かったなぁ。

 あの子も家のどこかでひとりこっそりと自家発電してるのかとか思うとにやけてしまう。まさかまだ知らないとかないよね? 兄貴いるんだし。

 あいつは僕以上に煩悩のかたまりだし。

 そういえば高木からかりたAVがたまらん、とかいってたな…

 あの子もそれみちゃったんだろうか?

 やば、萌る。

 

「みひろ、窓しめろ。実験材料飛んでくー。てか、お前もやれよ、部活なんだからさ」


 ちっ。

 僕は窓を閉めて八下田たちのしてる実験にもどった。

 

 

「たくっ、あいつら実験失敗するとか、なんなん? 泡でまくりで床掃除とか…

 おかげですっかり帰り遅くなっちゃったよ…おなかぺこぺこ」

 夕暮れ時の校内は、なんだか寂しくて好きじゃない。

 部活終わりのみんなはどんどん外へと逃げてゆく。

 黄昏時に思うのは、やっぱ可愛いあの子のことばかり…


「あ、みひろ! ちょうどよかった、ここで出会えたのもなにかの縁、縁。

 これあげるから、食べな」

 ちーが、ほれ、と渡してきたものは使い捨てのプラスチック容器に入った桜餅ひとつだった。


「あたし、みぃーなんたちとカラオケよってくから、それじゃまだし。あんた食べな。ちなみに、あたしの手作りね」

 僕はクンクンと匂いを嗅いだ。ちょっと独特の匂いだ。


「おまえは犬か」

 ちーがちょっとむっとした。幼馴染の女はなぜに幼馴染みの男にいばるのか?


「家庭科部って、こんなんも作るんだ、マジか」

 

「その名の通り、家庭的でしょ? じゃね」

 ちーは笑いながら僕に手を振ってとっとと帰っていった。


「んー葉っぱってはがすんだっけ? 食べるんだっけ?」

 僕は桜餅を片手に、下駄箱から靴をとりだして上履きから履きなおした。

 どうやら運動部も片付け終えて帰るようだ。

 とうた、いないかな~

 僕は可愛い子を探してきょろきょろグランドの方をみたが、見当たらなかった。

 きっと汗だくだろうな~

 2、3年の先輩たちにこってりしぼられて、ユニフォームなんかもどろだらけでさ、ちょっと涙目で片付けとかしてたらいいのに。

 めっちゃそれだったら、可愛いのになあ。

 おもわず近づいて、とうた、僕の袖で涙ふくかい? 服だけに、とかいっちゃったりしてさ、それでおもわず、とうたが噴き出しちゃって。

 その笑顔がまた可愛いに決まってるっ。

 やべー会いたいな、あの子に。


「先輩、なにしてるんすか? 帰らないんすか?」

 ちょっと低い声の…、いつも脳内で再生していたやつが後ろから突然きこえて、僕はびくっとした。

 振り返ると会いたかったあの子が、制服姿でそこにいた。

 マジ可愛い、マジ天使、マジイケメン。マジ欲しい。マジに持って帰りたいっ!


 ――てか、

「と、とうた…くん。なに、どうしたの? 部室、外だよね?」


「ぁ、部活終わったらこいって儀間先生に呼ばれてて…いってきたんすよ」


 野球部特有の、すーすー語尾がまた可愛い!

 ここでハグしたら、犯罪だろうか?


「先輩は、今、帰りっすか? 理科部っすよね? こんな時間とかめずらしくないっすか?」


「あ、うん、ちょっと実験で…そう、すごい実験しててさ、遅くなったんだよね」

 ちょっと盛ってしまった。とうたが、じっとこっちをまっすぐに見つめるもんだから、つい…


「そうなんすね、大変すねぇ。


 ぁ、そうだ、先輩。よかったら一緒に帰りませんか? 

 

 いつも兄貴が世話になってるし…なんか先輩には親近感あるんすよ、俺」


 わー、こんな可愛いのに俺っ子とか、マジでやばない? まじでぬけるレベル。


「あ、うん、そうだね。とうたくんがそうしたいなら、僕はいいけほ~」


 しまった! 先輩面で余裕もっていうつもりがちょい緊張して語尾あがってしまった…恥ずすぎるっ。


「じゃ、いきますか…俺、靴に履き替えてくるっす」


 とうたは聴き流してくれたようで、なにごともない顔で接してくれた。

 あぁっそれマジに可愛いんだけどぉっ。


 僕は先に玄関をでて、とうたを待つことにした。

 1年の下駄箱はちょっと離れたところに設置されていたから。

 3年の下駄箱なんて、出入り口の目の前だもんな。

 1年の時は、3年ずりぃーて思ったもんだよ。


「みひろ先輩、お待たせっす」


 ちょっと走って戻ってきたとうたは、息づかいが少し荒く、はぁはぁといっていて、逆に僕がな気分だった。てか、僕は変態かっ。


 …変態か。


 いっか、それで。楽しいから。


「ところで、先輩。その手に持ってんの、桜餅っすよね?」


「あ、うん。もらったんだよね…よかったら、食べる?」


「いいんすか! 俺、桜餅好きなんすよ。


 死んだばぁちゃんがよく作ってくれてて…

 

 あ、うちの兄貴は嫌いらしくて喰わないんすけどもね」


 とうたはすごく嬉しそうな顔をしたので、桜餅を彼に渡した後に、つい頭をなでてしまった。


 ほんと、無意識に、つい。


 とうたはそれにはとくだん反応はせず、もらった桜餅をニコニコ顔で眺めている。

 くそっ可愛い。しかも持っている手のひらが小さいくせにちょいごっついのだ。

 これは萌える案件だ。マジでこの手は最高かよっ。

 この手であれしてんのかな、とかつい考えてしまって、まったくからんでもないタンを”うううんっ”と切ってしまった。


「ね、先輩、これどこかで一緒に食べましょうよ。俺、おなかペコペコなんす。


 バスまだこないですし…あ、先輩は歩き通学っすよね? 


 でもまぁ…先輩も、腹へってきてるっすよね?」


 かなり近い距離で一緒に歩くとうたが、すごく可愛すぎて…

 たまらない僕は、どうにかなりそうだ。

 毎日おせわになる脳内のとうたより、じかのとうたのがはるかにイイ。

 …ちょっと汗臭いのもイイ。


「じゃぁさ、近くに稲荷神社あるんだよ、そこで喰う?」


「お、いいすね」


 とうたが、すごく可愛い笑顔で僕をみあげたので、胸がきゅんきゅんした。


 黒目がちで、幼い顔立ちなのに、声は低くて、体つきは意外とがっちりとしている。そんなアンバランスが、愛おしすぎる。

 神様、とうたをつくりだしてくれて、マジにありがとうっ。

 すべてが好みすぎて、逆にシンドイ。すげー好きすぎる。


 はじめてみた時から、あの堂々としている姿の入学式の時から、こいつ好きっ、て思ったもん。


「先輩は、葉っぱ食べる派っすか? 俺は食べる派っす」


「葉っぱだけに?」


「なんすか、それ」


 そういって、とうたは笑った。


 今はふたり、小さな稲荷神社の階段に腰かけて、ちーのよこした桜餅をまじまじと眺めている。

 桜葉の独特の匂いがつんとした。とうたはそれが好きなのか、何回も顔を近づけて匂いを嬉しそうに嗅いでいた。

 人通りのない、裏路地の神社は、まるでふたりだけの世界に思えた。


 まさかこんな出来事がおこるとは…

 実験失敗した八下田たちに、感謝だな。

 明日…パンおごろうかな。

 

「ねぇ、先輩。どっちっすか? 食べる派っすか? 脱がす派?」


「んーあんまし食べたことないんで、よくわからないんだよなぁ…」


「じゃ、食べる派ってことでいいすね。先にかじります?」

 

 とうたが、桜餅を僕の口元にさしだしたので、そのままぱくついた。

 なかなかに美味しい。


「うまいっすか? じゃ…俺もいただきますね…


 ぁ、その前に…こ、こっちが先っすね、うんうん」


 とうたにキスされた。

 

「先輩についたあんこ、なかなかにうまいっす。


 すみません、みひろ先輩って可愛いから…俺好きなんすよ」


 ものすごい真っ赤な顔のとうたは、そういって、もっていた桜餅に照れ顔でぱくついた。


 ちょっと早すぎやしませんか? と思う蝉の声が、遠くでミーンミーンときこえてきた。


 黄昏時の木々は、それでもやはり青かった。

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