鬼と桜6


 かすみが一晩家を空けたことに気づき、翌朝やってきたのは村の少年勇太だった。


 すり傷や切り傷を作っては、これ幸いと母のように、姉のようにしたっているかすみのもとへやってくる。

 歳は十一。よく日焼けしたやんちゃそうな顔をしている。かすみの前では少しのすり傷や切り傷でさえ甘えて治療にやってくるが、日頃は双子の弟妹の面倒をよく見るしっかり者の兄である。

 勇太は昨日からかすみがもどるのを心待ちにし、何度も家を訪れていた。


「かすみ姉ちゃん! どこに行ってたんだよ」


 かすみは、勇太の勢いに笑いながら『薬草摘みに遠くまで』と答える。

 嘘ではない。けれど、妙に明るいかすみの様子がひっかかり、勇太は不服そうに『本当か?』と、ぷうとほほふくらました。


 しばらくして、なにか思いついたのか勇太は身を乗り出し興奮気味にたずねる。


「もしかして、山へ行ったんだろ!? 鬼を見た? 会ったのか!?」


 かすみは、子供の勘の鋭さに驚きながら、本当のことを話せば勇太は間違いなく一緒に山に行きたがるだろうとそれとなく話をらす。


「勇太は鬼に会いたいの?」

「俺は、鬼なんか恐くねえよ!」

「そう、強いものね。怪我けがしても泣かないものね」

 かすみがふふっと笑うと勇太は胸をらした。


「当たり前だ。男だぞ! かすみも山に行くときは俺を連れて行けよ、絶対守ってやる」

「まぁ、心強い。今度お願いするわね」

「おう、まかせとけ!」


 そう言ったものの、勇太の足が小刻みに震えているのをかすみは見逃さなかった。

 笑っては勇太を傷つけてしまうと考え、かすみは薬草の整理をしながら笑いをこらえた。

 身寄りのないかすみにとって、弟のような大切な存在である。



 村の子供たちは皆かすみを先生と慕い、手習いや語り継がれる昔話を聞きにくるのだ。

『かすみ先生、文字を教えて』

『かすみ姉ちゃん、お話して』

 同様に、村の大人たちが駆け込むこともある。

『かすみさん、うちの子が熱を出して』

『旦那が腰痛で動けなくて』

 だから、かすみは祖父を失った後も忙しく、悲しんでいる暇はなかった。


 しかし、女だてらに、仕事を持っているということで村人でもかすみに反感を持つ者もいる。

 また、薬師くすしという仕事柄、人の生き死に立ち会い不当な恨みを買ってしまうこともあった。

 勇太の父大吾だいごもその一人だった。

 大吾はかすみの祖父を目の敵にし、薬師という仕事をいだかすみをも嫌っていた。

 彼には、勇太の他に子供が二人いる。

 勇太より6つ年下で、今年で4つになる双子の妹と弟あかね浅葱あさぎ

 勇太の母親は、この双子を生んだ際の肥立ひだちが悪く亡くなったのだ。

 かすみの祖父も最善を尽くしたが、失われる命を繋ぎとめることはどうしてもできなかった。

 薬師くすし万能ばんのうではない。大吾も分かってはいるが、誰かを恨まずには三人の子供を抱え生きていくことはできなかったのだ。


 ――― あの鬼は、烈火もそうなのだろうか?



 両親を奪ったという人間をずっと恨みながら、生きてきたのだろうか?


 かすみには、どうしてもそうは思えなかった。


 人間が憎いと言いながら、人間であるかすみにとても優しかったからだ。

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