第22話 終わりとはじまり

 病院の前に立った。緊張したままロビーへ入る。間違ってはいないはずだけれど、ここへ来て急に、以前訪ねた病院ですでに転院後だったことを思い出し、不安に駆られた。

 マナーモードにしていた携帯が震える。ポケットから取り出すと、和馬からの着信だ。


 なにか気になることでもあったのだろうか?

 進展が気になるにしては、気が早すぎる。通話を受けようと、いったんロビーを出ようとしたとき、フロア内のテレビ画面が目に入った。

 そこに映った映像に戦慄する。


「もしもし……」

『悠斗! おまえ今、どこだ!』

「今……病院に着いたところ……テレビが……」


 受話口の向こうで和馬が誰かに無事だった、と言ってるのが聞こえる。


「冬子は……冬子と子どもたちはどうした?」

『大丈夫、今、一緒だ。あいつ、急に来るって言いだして』


 ホッとして手が震える。


『おまえが無事なら良かった……こっちはみんな大丈夫だ。そっちが落ち着いたら連絡くれ』

「わかった」


 携帯を閉じて、改めてロビーに入る。

 テレビの前で立ち止まり、ニュースを眺めた。

 そこに映っているのは、僕らの商店街だ。脱線した回送電車が白樺並木をなぎ倒し、数件の家を押し潰している。


 事故の時間は七時前だった。普段なら、みんなまだ家の中にいた。

 朝一番の電車に乗っていなければ、途中で足止めを喰らってここまでたどり着けなかったかもしれない。

 立ちすくむ僕の肩を誰かにたたかれ、振り返ると結菜のお父さんが立っていた。


「久しぶりだね。ずいぶん立派になって……」

「ご無沙汰しています。今日は突然、申し訳ありません」

「いいんだ。少し話せるかな?」


 結菜の父親に促され、僕たちは喫茶室へ入った。

 椅子に腰をおろすと、まず謝られた。

 二年を過ぎても目を覚まさない結菜のために、僕が毎日通ってくるのが心苦しかったそうだ。


「私も家内も、悠斗くんが好きだったよ。だからこそ、目を覚まさない結菜に時間を費やすキミを見るのが忍びなかった。可能性を、将来をつぶしてしまうんじゃないだろうかと」


 離れてしまえば最初はつらくても、いずれ時間が解決してくれるだろう。

 新たな時間を過ごす中で、新しい出会いをみつけて、幸せになってくれればいいと思った。


 ちょうどそのころ、知人から専門の先生がいる病院を紹介されて、転院を決めたそうだ。自宅からは遠かったため、引っ越すことに決めたと。

 そう言われた。


「てっきりもう、結婚をして幸せに暮らしてくれているだろうと思っていたよ」

「そんな……僕はそんなこと……結菜以外の人とは考えられませんでした」

「なにも知らせず、申し訳なかったね……」


 結菜のお父さんはどこまでも穏やかな表情をしている。


(この人は……急に僕が訪ねてきたというのに、なんでこんなにも落ち着いているんだろう……)


 不意に嫌な予感がよぎる。あんなに透けてしまっていた結菜。最後のお願いだと言った。

 まさか……間に合わなかったんじゃ……。

 結菜のお父さんは立ち上がると、僕を促して歩きだし、病院の奥まった場所にある個室の前まで来た。


「今日、キミがロビーに来ているから、帰ってしまう前に迎えに行ってほしいと言ったのは、結菜だ。会ってやってくれるかい?」


 僕は黙ったままうなずいた。病室のドアに手をかけ、ゆっくりと開く。


「良かった……ちゃんと朝一番の電車に乗ってくれたのね……」


 病室に足を踏み入れた僕に、結菜はかすれた声でそう言った。

 どうしようもなく胸が痛んで涙がこぼれた。

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