第18話 真実がわかるとき

「爺さまはもう病院に行ってる。何度も電話したのにおまえ出ないし」

「だって……まさかそんなことが……」

「……結菜も乗ってた」


 息が止まるかと思った。だって、あるはずがないって……どうこうするつもりはないって……。

 

「あの人は……父さんはなんでまた結菜と……! 構うなって言ったのに!」

「結菜に怪我はなかったらしい。ただ……まだどんな状態かわからない。とにかく急いでいくから」


 和馬はそういってスピードを上げた。日曜で出かける人が多いのか、まだ朝も早いのに進むほど車が多くなる。この道は高速のインターに通じているからだろう。

 交差点で渋滞しているのか、先に進まずイライラした様子の和馬が、脇道に入った。


「こっちから行けば、交差点を曲がらずに県道に入れるな。うまくいけば信号待ちしないで済むか」


 脇道と県道がぶつかるところまで来たけれど、県道のほうも混んでいて、合流できずにその場所で立ち往生した。

 和馬がハンドルを抱え、膝を揺らしながら左右を確認している。


 突然、女の子の甲高い歓声のような悲鳴が聞こえ、僕と和馬は顔を見合わせた。

 部活の朝練でもあるのか、女子高生たちが目の前の歩道を横切っていく。

 こっちを見てヒソヒソとなにか言っては、キャーと声を上げている。


「なんだ急に?」

「さあ……?」


 和馬は気になったのか、窓を半分ほどおろして聞き耳を立てた。


「ねえねえ、どっちがウケかな?」

「助手席でしょ、助手席!」


 そんな会話が漏れ聞こえてくる。助手席って言ったら、僕のほうだ。受けってなにがだ?

 和馬は後ろを振り返ってから、急にハンドルに突っ伏した。

 今はそんな場合ではないのに。とは言っても、県道の渋滞はなかなか僕たちを進ませてくれない。


「ヤバいぞ悠斗……俺たち勘違いされてる」

「――なにをだよ」


 和馬が見たように僕も後ろを見た。

 車の斜め後ろにラブホテルの出入り口が見えた。まるでたった今、出てきたみたいに見える。


「あ……!」


 二人同時に声を上げた。この場所がそうかはわからないけれど、変な予感に鳥肌が立つ。

 和馬は携帯を出すと、すぐに誰かに電話を掛けた。


「俺。朝早くに悪い。冬子、まだ笑子と連絡とれるか? うん。あの写真の場所聞きだして。住所でも地図でもいいから、場所わかったらメールで送って。そう。今、一緒。そう。向かってる。あ、あとホテルの名前も。頼む」

「和馬……どうしたらいい?」

「写真撮っとけ。ここの看板。今すぐ。もう合流するぞ」


 言われた通り、窓をおろして見えている建物を写真におさめた。

 ようやく県道に入りこみ、病院へと向かって走り出した。

 病院につくと爺さまがロビーで待っていて、父の容体を聞かされた。あちこちを骨折して重体だという。


「爺さま、結菜は? 結菜は大丈夫なの?」

「怪我はなかったそうだ。ただ、まだ意識が戻らなくて今日は検査をするそうだ」


 怪我がなかったことに安心して大きくため息を漏らした。

 結菜の両親も来ているはずだ。その姿を探してロビーや検査室の前を歩いた。

 売店の前にその姿を見つけ、声をかけるとまず頭を下げた。


「うちの父が……結菜を巻き込んで本当に申し訳ありませんでした」


 結菜の父に肩をたたかれ、謝ることはないと言われた。事故の現場を見ていた人の話しでは、車が突っ込んできたのは助手席側のほうで、父がハンドルをきったために衝突したのが運転席側になったらしい。


「悠斗くんのお父さんがそうしてくれなければ……結菜を後部席に乗せていてくれなければ、結菜は助からなかったかもしれない」

「後部席に……乗っていたんですか?」

「助手席側の後部席にいたそうだよ。お父さんには申し訳ないけれど、本当に無事でよかった」


 僕は本当はこのまま結菜についていたかったけれど、きっとご両親もいろいろと思うことがあるだろうと、いったん失礼して明日出直すと伝えた。

 そのあと、爺さまのところへ戻り、和馬に送ってもらって家へ帰ってきた。

 爺さまは当分の間、父に付き添うそうだ。怪我が酷かったのだから、それも当然だ。


 僕はそのあいだ、学校のない土日だけ店を任されることになった。

 結菜も怪我がなかったから、すぐに意識が戻るだろう。そう思っていた。僕は毎日、結菜のところへ寄ったけれど、一週間を過ぎても、十日を過ぎても、結菜の意識が戻らない。


 ご両親も少しずつ不安を募らせているのを感じた。次の土曜日も、僕は朝から結菜を見舞い、そのまま買い出しに出てから店へと戻ってきた。

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