第16話 話し合い

 人の入ってくる気配を感じ、笑子が入り口をみた。


「なにやってんだおまえら! 悠斗! これはどういうことなんだよ!」


 駆け込んできた准が笑子の手を取り、椅子から引き下ろしたおかげでようやく笑子が離れた。

 笑子は准の手を振りほどき、なにかを喚き散らしている。准の怒声も聞こえてくる。

 とんだ修羅場だ――。

 目の前の写真が衝撃的すぎて、今起こっている全部が他人事のように感じた。


「まてまてちょっとまて! 状況がまったくわからないぞ。悠斗、どういうことなのか説明……」


 和馬の姿が僕の前に現れ、カウンターに視線を落とした。

 そうか、和馬もいたのか。


「結菜、おまえ……こいつは一体どういうことなんだよ?」


 僕の前から写真を取ると、和馬は入り口に向かってそれを掲げた。

 結菜も……いたんだ……。ということは今のを見られてしまったのか……。

 笑子がまたなにかを叫び、准が笑子をたたいた。


「やめろよ准。笑子、僕は……もしも……万が一結菜と別れたとしても、笑子とつき合うことは絶対にないから。それだけはあり得ないから」


 そう。絶対にない。だって僕は結菜が好きだし、結菜も……そうだと思っていたけれど、違うのだろうか……?


「人の彼女に手を出しておいて良くそんなことが言えるな!」


 准は本気で怒っている。当然だろう。逆の立場なら僕だって怒る。

 慧一と葵が准と笑子を連れて店を出ていった。あの二人まで来ていたなら、じゃあきっと、冬子もいるんだろう。


 ぼんやりとそんなことを考えていた。

 和馬が写真のことで結菜に詰め寄っている。結菜は知らないと言いながら、父さんに車で送ってもらったと言った。


 なんだ……。本当に一緒にいたんだ……。


 どうしようもない絶望感が襲ってくる。

 和馬と結菜のやり取りが聞こえてくるけれど、そんな話し、やめてほしい。もうなにも聞きたくないんだ。

 僕は大きくため息をつくと、写真を裏返してカウンターの端に寄せた。これ以上、なにも聞きたくないし、なにも見たくない。


「今日、このあと父さんが来るんだ。爺さまと三人でちょっと話しがあってね。悪いんだけど、今日はこのまま帰ってくれないか?」

「あ……ああ、わかった」

「……結菜、今日は送れない。ごめんね」


 本当は送って行きたい。ずっと一緒にいたいのに、なぜそれができないんだろう。

 三人が店を出ていったあと、カウベルの音だけが寂しげに響いた。


 時計をみると、十三時を回ったところだ。そろそろ爺さまも戻ってくる。急いで片づけを済ませ、二階に上がって着替えていると、二人が帰ってきた。

 呼ばれて店に戻ると、コーヒーをたてる準備をしている爺さまに促され、カウンターに座る父の横へ腰をおろした。


「今日は悠斗が今後どうするか、それを話したいと思っている」


 爺さまはそういって、僕と父の前に入れたてのコーヒーを差し出した。

 二人の話しでは、爺さまももう歳だから先のことを考えると、このまま店を続けるのかどうかを決めなければならないと言った。そんな話しは、まだずっと先のことだと思っていた。

 僕が継がないのなら、いずれは廃業を。継ぐのであれば、そのときのための準備をしておかなければならないという。


「それで……悠斗の気持ちを聞いておきたい。ほかにやりたいことや夢があるのなら、この店のことは気にせず……」

「ないよ。ほかにやりたいことなんてない。僕はここの仕事が好きだし、この店が大事だ。二人がどう思っているのか知らないけど、僕はここを守りたい」

「そうは言ってもこんな田舎で、これからの時代はこういった店も難しいぞ。おまえだっていずれは結婚もするだろう? そうなったときにやっていけるのか?」


 父が口を挟んでくる。今まで無関心だったくせに、なんだって急にあれこれ言ってくるんだ。

 二人はこれからのことをあれこれと伝えてくる。そのほとんどが頭に入ってこない。

 うつむいて黙って聞いていたけれど、なにを言われようとここを続けていきたいと思っている。


「爺さまだって、ばあちゃんと一緒にここをやってきたんだよね? だったら問題ないじゃないか。それに……僕が結婚するとは……かぎらないんだし」

「あんな恋人がいるくせに、そんなことを言うか」


 学校で会ったときのように、父がまた鼻で笑う。ふと父の手が目に入った。

 この手で結菜に触れたんだろうか?

 この手が結菜を――。

 震えるほどの怒りが湧いてくる。こんな感情を覚えるのも初めてのことだ。


「とにかく、僕はここを続けたい。これから先のことだって、和馬たちと一緒にいろいろと考えている。それで問題ないよね?」


 爺さまの手が僕の頭をなでた。


「わかった。悠斗がそこまで考えてくれるなら、悠斗の思うようにしなさい」

「爺さま、ありがとう。そうしたら、この話しはもう終わりでいいよね?」


 二人がうなずく。僕はさっき伏せたままカウンターの端に置いた写真を引き寄せた。自分の手が震えているのがわかる。


「それじゃあ、僕からも話したいことがある。まず、これは一体どういうことなのか説明してくれないか」


 写真を表に返すと、父の前に差し出した。

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