第9話 聞き捨てならない言葉

 カフェにつくと、広瀬さんはゆっくりとあちこちを眺めている。嬉しそうな明るい表情をみて、僕まで嬉しく思えた。

 席は自由に選べたけれど、広瀬さんがスカート姿だったから、座りやすそうな椅子の席を選んだ。


 とりとめのない話しをしている間も、窓の外の景色や店内の様子を珍しそうに眺めていた。

 慧一や和馬、准の話しが出たとき、広瀬さんは少し寂しそうな表情を見せた。


「四人、仲が良いんだね。学校が違っても一緒にサークル入ってるなんて羨ましい」

「広瀬さんもたくさんいるんでしょ? 友だち。サークルでもみんなと仲が良さそうだよね」

「でも、中高で仲の良かった友だちはみんな、東京の大学に行っちゃったから。ほかの子も、学部が違うし……」


 ああ、それでか。と思った。運ばれてきたコーヒーに口をつけ、自分だったらどうだろうと考えた。

 もしも和馬たち三人が、東京の大学へ進学してしまっていたら……。

 きっと凄く寂しかっただろうと思う。僕は「それで入学式の日は一人だったんだ?」と問いかけた。


「うん。あとね、私も深沢くんのこと覚えているよ。私と同じで一人だったから、声をかけてみようかなって思ったんだ」


 広瀬さんもあの喫茶店で会ったことを覚えていてくれたのか。それは嬉しいと思うけれど、この話題は良くないんじゃないかと思い、つい苦笑いで返した。

 案の定、おすすめの喫茶店を教えてほしいから、連絡先を交換しないかと言わせてしまった。


 広瀬さんは純粋にお店を知りたいだけなんだろうけれど、清水がいるのに僕と個人的なやり取りをして大丈夫なんだろうか?

 これが原因で喧嘩でもされようものなら申し訳なさすぎで、土下座をしても済まないんじゃないかと思う。

 どうしたものかと考えていると、広瀬さんはなにを勘違いしたのか、僕に彼女がいて迷惑がっていると思ったらしい。


「いや……そういう相手はいないから、僕は大丈夫なんだけど、広瀬さんのほうが大丈夫かな? って。彼氏に悪いよね」

「えっと……私も彼氏なんていないんだけど」

「……えっ? おかしいな……サークルの清水。彼とつき合ってるって聞いてるんだけど」


 そう聞いて、ハッとした。この前、慧一につき合っているのか聞いてみたほうがいいといわれて、聞けるわけがないと反論したのに、結局は聞いているじゃないか。


「だから今日も、てっきり一緒に来るのかと……」

「ないない! なにそれ? 確かに清水くんとは良く話すけど、つき合ってなんかいないよ」


 僕の言葉にかぶせ気味に広瀬さんは否定した。気を悪くしたのか、突然アイスを一気に食べきっている。


「……じゃあ、彼氏はいない、ってことでいいのかな?」

「もちろん!」


 これも食い気味に返してくる。妙にホッとしている自分に気づいた。

 その感情がどこから来るのか、理解しかねていたけれど、きっとこれは帰り道、誰かに見られたとしてもなんの心配もなくなったことにホッとしているからだと思うことにした。


「そうか……実は今日、爺さまに、ここに誘ったあと、帰りは家まで送るようにって言われてたんだけど、彼氏がいるなら一緒のところを見られて誤解でもされたらマズイなって思ってたんだ。和馬も来られないっていうしさ」

「それは本当にないから。大丈夫だから。だって私が好きなのは深沢くんで……」


 ――ん?

 今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。広瀬さんが僕を好きだって言った?

 まさか聞き直すわけにもいかないだろう。聞き間違いだとしたら僕はひどく恥ずかしい思いをするだろうし、そうかといって聞き流してしまうには大切な言葉すぎる。


「それに……送ってくれるのも家までじゃなくて、駅までで大丈夫。それだけで本当にたすかるから」


 広瀬さんは遠慮がちにそういった。

 これ以上、一緒にいると広瀬さんを傷つけてしまうような気がするのに、もう少しだけ一緒にいたいような気もして、感情が定まらない。僕はコーヒーを飲み干すと、とりあえず送ることだけを考えることにした。


「行こうか」


 と言って伝票を手に立ちあがると、自分のぶんを払おうとする広瀬さんを制した。

 どうせ爺さまに軍資金をもらっているんだから。

 帰りの車の中でも、もう暗くなるし、電車の本数も多くないから家まで送るというと、携帯で検索した路線案内の画面を掲げて大丈夫だという。


 頑なな様子に、さっきの「好き」は聞き間違えなんじゃないかと思えてきた。

 駅へのわかれ道で、どうにも一人で帰すことに抵抗を覚え、車を止めるともう一度聞いてみた。


「やっぱり心配だな。なにかあっても怖いし。家の近くまで送らせてよ。嫌かな?」

「……そういう聞きかたってズルい。だって嫌なわけがないし……」


 失敗した……。

 断りにくい聞きかたをしてしまった。困らせてしまったかもしれない。

 それでも送っていきたい気持ちでいっぱいで、僕は住所を聞いた。


 地図で場所を確認すると、たまに和馬と一緒に行く青果市場の近くだった。この場所ならわかる。道に迷って迷惑をかけることもないだろう。

 目的地までは三十分程度だけれど、黙ったままなのも悪い気がして、共通の話題になるサークルの話しをしながら車を走らせた。

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