第8話 喫茶店への来訪者
翌週の中日に、部長と先輩が三人連れ立って僕の家までやってきた。
正直なところ、社交辞令だと思っていたから、本当に嬉しかった。うちを出たあとは、和馬の家で野菜と果物を山ほど買っていったらしい。
その週の土曜日、広瀬さんまで本当にやってきた。
注文のパスタを作り、お皿に盛りつけようとカウンターのほうを向いたとき、その姿が見えて驚いた。次の瞬間、やたら嬉しい気持ちが湧いてきて、会釈をした。広瀬さんもほほ笑んで会釈を返してくれた。その笑顔がやけに胸に染みる。
この日はなかなか忙しくて、お昼を過ぎても人が減らない。仕事中で話しかけることもままならなかったけれど、食器を下げに行って厨房へ戻るとき、広瀬さんがシフォンケーキをおいしそうに頬張っているのが目に入った。
そういえば、この店やよその店でも、写真を撮ってSNSに上げている女の子は多い。見ていると、広瀬さんがそういったことをしているようには見えない。僕は思いきって聞いてみた。
「撮らないんだ? 写真」
驚いた顔で振り返った広瀬さんは、そういうのはしない、と言った。意外だなと思いながらも、広瀬さんらしいな、とも感じた。
下げてきた食器を洗いながら、ふと広瀬さんを見た。例の噂の清水とくるとばかり思っていたのに、本当に一人で来たようだ。
次の食器を下げにホールに出ると、いつの間に帰ったのか、広瀬さんの姿はもうなかった。
「あれ? 爺さま、この席にいた子、もう帰ったの?」
「つい今しがたな。学校の友だちか? 客足も引いたから、もう上がっていいぞ。せっかくだから古民家に連れていってやっただどうだ?」
「喜ぶかもしれないけど、彼氏がいるみたいだから誰かにみられて誤解されたらかわいそうじゃないか。だからいいよ」
「和馬も連れていけば問題なかろう? 帰りは家まで送ってやるといい。ホラ、まだそこにいるから、早く着替えて行ってやりなさい」
そう言って僕の手に五千円札を握らせた。
彼女は店の外でランプを眺めている。僕は急いで二階に上がると、ベストとワイシャツを脱ぎ捨て、パーカーをかぶって外へ出た。
そのとたん、和馬の声がひびいた。
「だってよ! 良かったじゃん!」
「良かったって、なにが?」
そう聞くと、うつむいた広瀬さんは小さな声で「素敵なお店だな、って……」と言ってくれた。
「そう思ってもらえたなら良かった」
ホッとして答えると、和馬は広瀬さんにこの辺りには来ていないのかと聞いた。
どうやらこのあたりには来たことがないらしく、和馬が古民家のカフェに連れて行ったらどうかと提案してきた。
「爺さまにも言われた。広瀬さん、おなかはどう? まだ飲み物を飲むくらいの余裕はあるかな?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、案内するから一緒に行こうか。和馬も一緒に行こうよ」
和馬はおじさんもおばさんも出かけて、店番だから行けないという。
さすがにそれではマズいんじゃないだろうか。誰かに見られて広瀬さんが困るようになったら、あまりにも申し訳なくて僕自身も困る。
不意に視界のはしでなにかが動いて、僕はそっちへ目を向けた。
(――あの子!)
あの不思議な女の子が、まるで、もっと誘えというようなジェスチャーをしている。
それより、あの子を見たのは何年振りだろう。僕自身が以前より大きくなって、危ないこともしなくなってから、この数年は姿を見ることもなかった。
じれったそうな顔つきで、盛んにジェスチャーを続ける姿を見て、僕はうなずいた。
「――それに悠斗もあちこちのカフェや喫茶店めぐってるから、いろいろ話しもできると思うぜ」
「そうだね。この辺は旅行に来るような場所でもないし、機会を逃すと行かれなくなるかも。広瀬さんが嫌じゃなければ行ってみない?」
思いきって誘ってみた。これで断られたら、それはもう仕方ないだろう。
少し渋っていたようだったけれど、広瀬さんは誘いに乗ってくれた。出かけるために、僕は商店街の裏へ車を取りに走った。
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