第3話 川遊びの代償

 小学生になって三度目の夏、僕は祖父に黙って、友だち三人と川へ釣りに出かけた。

 そこは自転車で三十分以上かかる場所にあり、学校では『子どもだけで行ってはいけない場所』とされていた。


 もっと近くにも川はあったけれど、それでも出かけて行ったのは、近所の川よりも広く大きく、河川敷にも背丈より高い草木が生えていて面白かったから。それに、危ないと言われている場所が、妙に魅力的に感じたからだった。


 幸い、祖父に連れられて釣りに出かけたことは何度かあり、釣り竿もも持っていた僕は、それを同じ商店街に住む同級生の佐野和馬さのかずまにあずけておいた。

 和馬の家は八百屋で、店の脇には段ボールがたくさん積まれ、道具を隠すにはもってこいだ。

 翌朝、朝食を食べ終えると、示し合わせて店が開く前に二人で川へと向かった。


「遅いぞー!」

「早くこいよ! 今日は釣れるぜ」


 先に着いて、もう釣り糸を垂らしている保坂慧一ほさかけいいち望月准もちづきじゅんが、僕らを見つけて大きな声を上げた。

 二人のそばに置いてあるバケツの中を覗き見た和馬が、すげー、と驚いている。

 中には大きな魚が五匹も入っていた。


「俺たちも早く釣ろうぜ」


 和馬が釣り竿を手に、二人から少し離れたところにある大岩の上に乗り、すばやく竿を振った。

 僕も同じように、和馬のそばの大岩に飛び移り、腰をおろした。

 二人が言うように今日は良く釣れるようで、あっという間に三匹もかかった。


 次は少し遠目に……そう思って勢い良く釣り竿を振ると、同じタイミングで竿を上げた和馬の釣り糸と絡まってしまった。

 引っ張りあげようとすると、石にでも引っかかったのか、糸がピンと張っただけで戻ってこない。


「あ~、やっちゃった」

「ごめん、僕が外してくる」


 竿を置いて岩を降り、糸を伝ってヨロヨロと歩いた。膝より下だった水は、少し歩くと太もものあたりにまでなっている。

 思ったよりも川底の石はゴツゴツとしていて、歩きにくい。

 糸の沈んでいるのがすぐ目の前まで迫ったとろこで、足もとの石がゴロリと動いた。


 えっ、と思ったときには足を取られ、仰向けにザブンと川に沈んだ。立ち上がろうにも川の流れは早く、しかも仰向けだったせいで手が空をかく。

 焦るほどに体は重くなり、空気を求めて開ける口には容赦なく水が流れ込んできた。


(悠斗さえ生まれなければ……)


 不意に父の言葉が浮かんだ。


(このまま死んだら、父さんは喜んでくれるのかな……? 母さんを死なせてしまった僕を、許してくれる……?)


 ぐいと強い力が僕の手を引いた。それに逆らうように、川の流れが僕の体を引っ張るのに、手を引く力は弱まることなく、気づいたら浅瀬に仰向けに引き上げられていた。


「あのね、バカなこと考えるんじゃないの!」


 激しく咳き込んで泣きながら薄目を開けると、頭の横に知らない女の子がしゃがんでいた。

 僕の腕を握っているということは、僕はこの女の子に助けられたのか。どう見ても同じ歳くらいなのに、凄い力だ。怪力女だ。


「バーカ。あんたが死んで喜ぶ人がいるわけないでしょ!」


 女の子は口をへの字にして僕を睨むと、ピシャリと額をたたいてきた。

 言い返そうとしても声が出ない。


「悠斗っ! 悠斗大丈夫か!?」


 砂利を踏む音が響いてきて、和馬が泣きながら僕の名前を呼び、走ってくるのがわかった。

 駆け寄ってきた和馬がしゃがみ込み、僕の体を揺すった直後、僕は意識を失った。

 その後、どんな騒ぎになったのかはわからないけれど、目を覚ましたのは病院のベットで、数日の間、入院することになった。


 体になんの怪我も心配もないとわかった途端、たくさんの大人に怒られた。

 僕は爺さまから、キツイげんこつを一発くらった。

 退院したあとは、和馬、慧一、准と一緒に迷惑をかけた人たちのところへ謝りに行った。川の近所に住んでいて救急車を呼んでくれた人、それぞれの両親、学校の先生。


「もう二度と子どもだけで川に行くんじゃないぞ!」


 担任の先生にも、僕たちはげんこつをくらった。


「みんなごめん……僕が溺れたせいで……」

「けどさ、悠斗が死ななくて良かった」


 半泣きで苦笑いをしながら学校からの帰り道、僕の言葉に慧一はそう答えると、和馬も准もうなずいた。

 絶交されてしまうと思っていたのに、三人はまるでそんな様子も見せず、いつもどおりだ。


 まだ、一緒に遊べる友だちでいてくれる、それが嬉しくて僕はみんなと別れてから、店のランプの後ろに隠れて泣いた。

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