第17話 不思議な女の子
何度も悠斗のお店に来ていて、わかったことがいくつかあった。
最後に悠斗のお父さんに送ってもらった日、私たちの乗った車は事故に遭ったらしい。飲酒をした上に居眠りをした車に正面から突っ込まれたようだった。
悠斗のお父さんはあちこちを骨折して入院中で、お爺さんがいないのは、それに付き添っているからのようだった。
私のほうは、大きな怪我はなかったけれど、意識が戻らないままでいるらしい。
自分の体のことなのに、まるで他人事のようでピンとこない。
だって私は、ほとんど毎日、悠斗に会いに来ているから。
それにもうひとつ……。
この女の子は、どうやら私に近い存在のようだった。
悠斗の喫茶店にある大きなランプに惹かれて、ときどき私のように迷った誰かがやってくる。
女の子は、そうやって訪れた人たちの話しをたくさん聞いては、なにかを諭し、帰るのを促している。
ほとんどの人は迷いをなくし、満たされて帰っていくけれど、まれに帰ることができずに姿が薄れ、消えていく人もいた。
(だから悠斗は私に戻れって言うんだ……)
それは理解できても、納得はいかない。最近は自分の体の感覚もわかるようになり、本当に悠斗が私をたずねて病院へ来てくれている気配は感じたけれど、その時の私は感覚でわかるだけで、姿も見ることができず、声も聞けなかった。
ここへ来れば、悠斗を見つめ、声を聞くことができるのに。
それに……女の子は何度も私を諭そうと声をかけてくるけれど、諭されて帰ったとして、私は目覚めることができるのかもわからない。ううん。目覚めるとは思えなかった。
ただ、女の子の言葉は妙に胸に沁みる。何度かは本当に帰されてしまいそうになった。
だから私は、女の子のことは完全に無視することに決めた。なにを話しかけられても、全部無視した。
最近では二人もあきらめたようで、私が来ても、そのまま過ごさせてくれる。
一つ気になるのは、体に戻ったときに悠斗の気配をまったく感じなくなったことだろうか。
どのくらいの日々が過ぎたのかわからないけれど、もう会いに来てくれなくなったのかもしれない。
カウンターから見る悠斗は相変わらず素敵で、私に向けてくれる視線も笑顔もとても優しいけれど、もしかすると新しい誰かがいるのかもしれない。
その人と結婚してしまったら、ひょっとするとその人もこのカウンターの向こうに立つのかもしれない。
(悠斗には幸せになってほしいけれど、そんなところを見るのはいやだなぁ……)
「だったら早く帰ったらいいのに」
女の子が私の隣でぽつりとつぶやいた。
ハッと我に返り、女の子の言葉を聞くまいと、カウンターに肘をついて耳を隠し、雑誌を手もとに引き寄せて視線を落とした。
「もう……頑固だなぁ」
その言葉に悠斗も反応し、クスリと笑った。
それからまた、どのくらい時が過ぎたのだろう。
ずいぶんと前に、お爺さんが亡くなってしまったと知った。お父さんは、ときどき顔をみせているようだった。
和馬は冬子と、慧一は葵と、准は私の知らない誰かと結婚したようで、時折この店を訪れてくる。
私だけが置き去りのままだ。
けれど寂しくはない。私は変わらず、悠斗に会いに来ているから。悠斗の目も変わらず優しいし、なによりあのおそろいのバングルと、私が送ったカフスを、今も身に着けてくれているから。
それを見るたびに切なくて胸が痛んだ。
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