第11話 悠斗の父

 今日は講義が午前中で終わった。悠斗も午前中で終わるとメールが来て、私たちはランチの約束をした。

 門の横で携帯を眺めながら待っていると、不意に「こんにちは」と声をかけられた。

 顔をあげると、悠斗のお父さんが立っていた。


「キミは確か、この間、悠斗と一緒にいた子だよね?」

「あ……こんにちは……えっと……ゆ……深沢くんのお父さん……」


 悠斗のお父さんは静かにほほ笑んだ。


「今日は悠斗とお昼でも……と思って来てみたんだけど、どこにいるか知らないかな?」

「深沢くんなら、もうすぐここに……」

「結菜!」


 悠斗の大声が聞こえて振り返ると、走ってくる姿が見えた。

 そのまま私の前まで走り出ると、この間のように背中で私を隠した。


「父さん、こんなところまで来てどうしたの?」

「うん、このあと一緒にご飯でもどうかと思って訪ねて来たんだ」

「……僕と?」

「少しばかり話しもあってね。どうかな?」

「そりゃあないぜ、おじさん」


 悠斗に少し遅れて駆けてきた和馬が、膝に手をつき肩で息をしながら割って入った。


「悠斗、普段は家の手伝いでなかなか一緒にいられないんだぜ? 今日はこれからみんなで飯に行く予定だったのにさ、割り込みはないよ」

「そうか……先約があるんじゃあ仕方ないか……しばらく仕事でこっちにいる予定だから、また別な日にでも都合を合わせてくれるか?」


 悠斗のお父さんはそう言って悠斗の肩に手を置いた。

 悠斗はカバンからメモを出し、なにかを書いて渡した。


「僕の携帯番号。夜にでもかけて。それから――」


 後ろ手に私の手を取ると、ギュッと握りしめてきた。


「結菜に構わないでほしい。結菜と関わろうとするなら、さすがに僕も黙っていられないから」


 急に私の名前が出て驚いた。お父さんのほうも、悠斗の態度に驚いたようで、悠斗と私の顔を交互にみた。

 そしてフッと笑った。


「おまえが俺に向かってそれを言うか。まあいい。おまえがなにをどう思っているか知らないけれど、彼女をどうこうするつもりはないから、安心しなさい」


 悠斗のお父さんは大学前の大通りでタクシーを止めると、そのまま帰ってしまった。

 握られた手にかすかに震えが伝わってくる気がした。悠斗はひどくお父さんを意識している気がする。どこか不安そうにしているふうにも感じられた。


 だいたいの事情は聞いているけれど、こんな悠斗をみると私まで不安に駆られてしまい、悠斗の腕をつかんで寄り添った。

 和馬に促されて私たちは学校近くでランチをとったけれど、微妙な空気が残ったままで、食べ終わると私たちはそれぞれ、そのまま帰路についた。


 一度家に帰り、夕方からはレストランでのバイトのため、学校近くまで戻っていた。

 ディナータイムが終わってホールが落ち着いたころ、十人ほどの団体客が入ってきた。その中に、悠斗のお父さんがいて私は驚いた。どうやら仕事の関係でやってきたらしい。小一時間ほどで退店していくときに、声をかけられた。


「ここでアルバイトをしていたんだね」

「はい。学校帰りに寄れるので……」

「仕事は何時に終わるんだろう?」

「……二十二時ですけど」

「そうか……立ち仕事は大変だろうけど、頑張って」


 昼間の悠斗の態度を思い出し、私は少し警戒しながら答えると、出ていく悠斗のお父さんを見送った。

 なんとなく嫌な予感を抱えながらバイトを終えてお店を出ると、悠斗のお父さんが私を待っていた。


「突然、申し訳ない。実はキミに悠斗のことを聞かせてほしくて待っていたんだ」

「……悠斗の?」

「立ち話もなんだしこんな時間だし、ご自宅の近所まで車で送って行くから、送って行きがてら聞かせてもらいたいのだけれど」


 そう言われてしまうと断りづらく、私は促されるまま車に乗ってしまった。

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