第9話 クリスマスプレゼント

「……これってドッキリ?」

「えっ?」


 腕の力が緩まり少し体を離した深沢くんが怪訝そうな表情を見せた。こんなに間近で見つめあうのは初めてで、恥ずかしさに目を伏せる。


「ホラ、後ろから佐野くんたちが出てきて、クラッカーでビックリさせられるとか、冗談だってみんなに笑われるとか……」

「こんな場所で? こんな状況に?」


 確かに……こんな静かな、カップルばかりの場所でそんなことをしたら、大ひんしゅくを買うだろう。

 でも……そうしたら、これは本当のこと?

 だって……深沢くんが私を?

 深沢くんは声を抑え気味に笑いだすと、もう一度、私を抱きしめて背中をポンポンと軽くたたいた。


「ドッキリなわけがないでしょ……和馬たちも、みんな今ごろはそれぞれデート中だよ」

「だって深沢くん、今日はなんだかいつもと違うから……」

「そりゃあそうでしょ。こんなことを言うのは生まれて初めてだし……すごく緊張した」


 深沢くんの背中に手をまわし、ギュッとコートをつかんだ。胸がいっぱいで涙があふれてくる。


「こんなに誰かを好きになるなんて、考えてもみなかった。これからは恋人としてつき合ってほしい……どうしたの? 大丈夫?」


 嗚咽している私の肩をおさえ、顔をのぞき込んできた深沢くんは、あわてたようにポケットからハンカチを出して涙をぬぐってくれた。


「大丈夫……ただ、嬉しくて……」


 深沢くんに促されて近くのベンチに腰をおろした。胸がキュンとして痛む。涙が止まり、呼吸が落ち着くまでのあいだ、ずっと肩を抱いてくれていた。キラキラと広がる夜景の美しさが気持ちを落ち着かせてくれるような気がした。


「ごめんね、急に。もう大丈夫だから」

「僕のほうこそ……こんな時に気のきいたセリフも出てこなくて。女の子とつき合うのも初めてだし、いろいろと迷惑をかけるかも……」

「ううん……私だって迷惑をかけるかもしれないから」

「これからは、二人でたくさん話し合って、ゆっくりつき合っていこう。広瀬さんとならきっと、なにを決めてもなにをしても、楽しいと思うから」

「本当に私でいいの?」

「もちろん。広瀬さん……いや、結菜じゃなきゃ嫌なんだ」

「私も……! 深沢くん……悠斗がいい! これから先もずっと悠斗が好き。歳をとっても……」

「なんだか僕のほうがプロポーズされているような気持になるな」


 クスリと笑った悠斗は、カバンの中から小さな包みを出して私の手に握らせた。


「いつ渡せばいいのかタイミングがわからなくて……だから今、渡すね。メリークリスマス」

「ありがとう。開けてみてもいい?」

「うん。気に入ってくれるといいんだけど」


 かわいらしいラッピングに包まれた小箱を開けると、革製のバングルが入っていた。銀のプレートに赤と透明の小さな石がはめ込まれている。私と悠斗の誕生石だという。

 プレートの裏には今日の日付と二人の名前が刻まれていた。


「かわいい……」


 早速、つけようとすると、悠斗が留め金をつけてくれた。よく見ると、悠斗の手首にも同じバングルがついている。


「おそろいなんだ」

「一緒にいるみたいな気分になるから」


 照れてうつむく悠斗の姿に、胸が絞めつけられる。ここへ来てからずっと、胸が痛み続けでいい加減、苦しくなってくる。でも、その痛みは嫌じゃない。カバンを開くと、私も用意していた包みを手渡した。


「私もこれ。クリスマスプレゼント。開けてみて」

「……カフスだ」


 包みを開いて悠斗がつぶやいた。


「お店での悠斗、本当に素敵で……使ってくれると嬉しいな」

「ありがとう。大切に使わせてもらうね」

「私のほうこそ、ありがとう。すごく嬉しい」


 バングルをつけた手を空に掲げて角度を変えて眺めていると、悠斗が少し前かがみになって私をのぞき込んだ。


「今日はジャンプ、しないんだ?」

「えっ?」

「初めて送って行った日、してたでしょ? ジャンプとバンザイ。それと、スキップも」

「やだ! どうしてしってるの!」


 こんなに寒いのに、突然熱くなって、顔が燃えているみたいだ。


「だって映ってたよ。バックミラーに。明るくてかわいいな、って思ったんだ」

「見られているなんて思ってもみなかった! もう……ホントに恥ずかしい」


 穴があったら入りたいとは良く言ったものだと思う。本当に隠れてしまいたいくらい恥ずかしい。

 両手で顔を覆ってうつむく。その手首をつかみとられ間近で見つめあうと、目を合わせたままで悠斗がいった。


「かわいいと思う、って言ったでしょ」


 私は絶句した。嬉しさと、今までにない胸の痛みでキュンとして倒れそうだ。

 悠斗の顔が近づき、私は目を閉じた。ほんの一瞬、本当に一瞬だけ唇が重なった。

 気がつけばいつの間にか周囲はたくさんのカップルで埋まり、にぎやかになってきた。


「そろそろ帰ろう。道も混んでくるだろうから」


 手を繋いだまま、私たちは公園をあとにした。

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