第一章 製錬技師

episode.1 製錬

 ロイシュターウィン鉱山街――その名の通り街の周囲はぐるっと鉱山に囲まれており、観光シーズンが到来すると街は活気に溢れ、鉱山見学を済ませた観光客達はこぞって製錬屋を訪れてはお土産にそこで作られた装飾品を買っていく。


 この街で暮らす職人の収入源のほとんどがそれによるものである。



 そんな街の外れに俺の働く店はある。



「おう、今日は随分早いな。」



 店の扉を開けて直ぐに、がっちりしたガタイに、不釣り合いな白髪、彫りの深い皺、剛毛な髭を蓄えた中年の男に出迎えられる。



「親父さん、おはよ。今日はちょっと作りたいルーンがあってさ。」



 そう言ってカウンターの奥へと歩みを進め、炉の前で腰を下ろす。



「お前がそこまでやる気になるとは珍しいな。一体何を作るつもりなんだ?」



 こちらに近づいてはそう言うと、親父さんは腕を組んで俺の手元を覗いてきた。



 この人は、ラインビッヒ・マッケンバーグ――この鉱山街で製錬屋を営む製錬技師で、この〝マッケン堂〟のオーナー兼店長であり、俺の恩人でもある。



 歳は今年の6月で58を迎えるはずだが、歳の割に肉体の衰えは一切感じさせない。



「昨日店に来てくれた冒険者が持ってきた魔素石の中に面白いのがあってさ。今日はそれを使って【火】と【水】の合成ルーンを作ろうと思って。」



 俺は手に持っていた魔素石を親父さんへ差し出し、それから炉に火を点けた。



「ほう、これは確かに面白いな。元素系ルーンの素材に適した魔素石自体貴重なもんだが、その上本来対極であるはずの【火】と【水】のどちらにも適した魔素石とは……。」


「滅多に見ない良材だよ。これをルーンに製錬して王都へ輸出すれば、それだけで結構な額が手に入ると思う。この店の赤字も取り返せるよ。」



 親父さんから魔素石を返してもらい、俺は早速準備に入った。



「その事なんだが――」



 親父さんは何か言いかけたようだったが、既に作業に入る俺の興味はそこにはなく、親父さんの声は耳に届いていなかった。



 まずは、温度を10,000℃まで上げた炉に魔素石を放り込む。


 少しして、炉の中で赤橙色に発行する魔素石が塑性のある状態であることを確認してから取り出す。


 それを金床に置き、時間を置かず直ぐに魔法鎚に魔力を流し込み叩いていく。


 この魔素石は展性に優れる。

 鎚の表面は強めに魔力を籠めておいた方が良い。力も強めに、どんどん叩いていくべきだろう。


 ある程度叩いて発光が弱くなったところで、再び炉の中に魔素石を入れる。


 今度は温度を8,000℃まで下げる。


 再び強く発光した魔素石を取り出しては叩き、発行が鈍くなったところでまた炉に入れる。


 これを繰り返し行い、不純物を全て取り除く。



 ルーンの製錬における第一工程である魔石の精錬には、金属とは異なり焼き入れや焼き戻しは必要としない。


 これは単純に、余程特殊な物を除いてほぼ全ての魔光石と魔素石は硬度が変化せず、加えて靭性が低下しないからである。


 また、魔光石と魔素石には〝アテンダイト〟と呼ばれる廃魔塵はいまじんが不純物として多く含まれている。


 廃魔塵は、大気中の魔粒子や魔法の発動時等に発生する残魔ざんまの塵が腐敗することで出来てしまうゴミのことだが、これが厄介なことに触媒を使ったとしてもほとんど還元できない。


 幸いなことに、廃魔塵は高温で熱すれば分離して浮き出てくるため、叩き剥がすことはできる。


 故に、製錬の第一工程として金属を鍛え上げるのと同じ要領で、魔石を炉で熱し、叩く必要がある。


 要領は同じであっても、金属とはそれをする理由が根本的に違うのである。



「ふう、こんなもんか。」



 魔素石の状態から不純物を取り除き終えたのを確認すると、汗びっしょりの顔をタオルで拭いた。


 しかし、休む暇はない。直ぐに次の工程へと移る。


 不純物を取り除いたら、次にするのは冷却である。

 冷却の方法も複数あるが、今回作るルーンは高純度で作りたいため、急凍光線フリーズレーザーで一気に冷やす。


 万力に魔素石を固定して専用の機械に【氷】のルーンをセットし、急凍光線を魔素石に当てる。


 急激に冷やされた魔素石は光を失い、無機質な黒い塊と化した。



 これがルーンの土台となる〝源魔石〟である。



 ここまで出来れば製錬の第一工程は終了。一息つくことが出来る。



「そう言えば親父さん、今日来る途中広場の方が騒がしかったけど、何か知ってる?」


 ポケットから3メルド硬貨を取り出しカウンターに置いて、その横に設置された冷蔵庫から販売品のサイダーを一瓶取った。


「ああそれか。なんか今朝、飛行船で王都から国認製錬技師が来たんだとさ。」


「国認が?何で?」



 瓶の蓋を開けてはそれを飲みながら俺は小首を傾げた。



「詳しくは知らんが、何でもうちの鉱山に質の良いヘルモニウムが取れると聞いて飛んで来たらしい。」


「ああ、この前セフ・ドゥ・アランの店主が採ってきてたあれか。」


「それだ。しかし、それにしても変な話だよな。武器職人ならともかく、製錬技師がヘルモニウムなんて何に使うんだ?」



 親父さんは訝し気な表情で眉根を寄せた。



「たぶん魔法鎚に使うんだろ。国認なら自然系ルーンも扱わなきゃなんないからな。自然系ルーンを製錬するには波動伝導性の高い魔法鎚を使用する必要がある。ヘルモニウムは魔法金属の中で最も波動伝導性に優れているから、それで魔法鎚を作るつもりなんだと思う。」


「魔法鎚だけでそんなに変わるもんなのか?」


「全然違うね。親父さんも知っての通り、そもそも魔石から不純物が取り除けたかどうかの判断をするには、第一は発光具合の目視判断で、その次に叩いた際に廃魔塵が舞うことで生じる魔法波が感じられるかどうかの感覚判断をする必要がある。」


「まあ、そうだな。」


「人工ルーンや中純度元素系ルーン以下ならともかく、純度200以上の高純度元素系ルーンや自然系ルーンを製錬するとなると、不純物は0.01ng以下まで取り除かないとまず製錬出来ない。感覚過敏症の人間ならともかく、普通の人間でそのレベルの弱い魔法波を感じ取るのは不可能だから、波動伝導性の高い金属で出来た魔法鎚で叩いて魔法波を増幅させる必要があるんだよ。」


「ほう、なるほどなー。」



 感心するように頷く親父さんを横目に、空瓶をゴミ箱に投げ捨てた。



「やはり流石だな。」


「何がだよ。てか、親父さんは一級なんだからこのぐらいの知識なきゃ駄目だろ。」


「なかなか痛いところをつくな……。確かに一級製錬技士は取れたが、自然系ルーンの話は如何せん難しくてな。正直ちゃんとは理解できておらんのだ。資格試験の時は元素系ルーンの製錬で高得点を取れたからギリギリで受かっただけだしな。」


「まあ、あの辺は抽象論も多いからな。理解するのに時間が掛かるのは無理もないよ。」


「その点、お前は理解できているから凄いよな。流石は元こう――」


「親父さん!」



 機嫌よく話す親父さんに、俺はそこで口を挟んだ。



「それ以上は止してくれ。今の俺はただの二級製錬技師だ。あの頃とはもう何もかもが違う。」


「…………すまん。」



 俺の沈む顔を見て親父さんは陳謝してくれた。



 そう。あの頃の俺はもう死んだんだ。

 何もかも捨てて、孤独になったところを親父さんに拾ってもらった。


 今の俺があるのは親父さんあってこそだ。



 親父さんの店をこの国一番の店にする――。



 それが今の俺の役目だ。

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