Sevens for わんっ!~村でのんびりストーライフ満喫中の少年、突然やってきたワン娘の恩返しを受けて無双します~
龍威ユウ
第1話
雲一つない快晴。
さんさんと輝く陽光は眩しくも暖かくて、その下では小鳥達が優雅に泳いでいる。
時折頬をそっと、優しく撫で上げていくそよ風にはほんのりと桜の甘い香りを乗せていた。
今日の気候は正しく絶好で、のんびりと昼寝をするのに限る。
柳田村の一角、こじんまりとした家屋の屋根にてその少年――
耳を澄ませば、聞こえてくるのは村の男達がせっせと汗水を垂らして畑仕事に精を出す掛け声と、女達の何気ない井戸端会議に純粋無垢な幼子の声。
生まれてこの方、もう何年と付き合いのある光景だが、だからこそ今がとても平和であるという実感を与える。
当たり前と思うものこそが真の幸福である、とは果たして誰が言った言葉だったか。
よく、憶えていない。幸之助はごろりと寝返りを打った。
「おーい幸之助! いるかー!」
「――、ん? どうかしましたか?」
彼の名を呼んだ若人は、同じく村人である平兵衛である。
こいつが呼び出す時は決まって悪い予感がする……。幸之助は訝し気に彼を見やった。
平兵衛とは唯一心から信頼できる親友だ。
少なくとも幸之助はこう認識しているが、反面トラブルメーカーであることだけは今も受け入れられずにいた。
つい最近も、彼の何気ない思い付きによって死にかけたばかりだから、警戒するのは至極当然と言えよう。
今日もとんでもない不幸を運びにきたのか。怪訝な眼差しを送る幸之助だったが、当の本人はまるで気付いていない。あっけらかんと言葉を紡ぐ。
「お前にお客さんだぞー!」
「お客さん?」
ここでようやく幸之助は、彼の隣に見知らぬ少女がいることにはたと気付いた。
村の人間じゃない、ようだが……? 幸之助ははて、と小首をひねる。
と言うのも生まれてこの方、幸之助は村より外に出たことが一度もない。
外の世界……一度でいいから都には行ってみたいという願望こそあるものの、未だ実行に移さないのは今いる環境があまりにも落ち着くから。
だからこそ、外からわざわざ自分に用があってやってきた少女が不思議で仕方がなかった。
いったい何用があるのだろう。とりあえず記憶を巡らせたものの、該当する情報は一つとしてない。
特に少女……
「いいよなぁ、幸之助は。こんなかわいい子とどこで知り合ったんだよ」
「それは、俺が聞きたいんだけど……というか、十七年間俺がこの村にずっといることはお前だって知ってるだろ」
「そりゃあそうだけどさぁ。でもお前、たまーにフラッと村の外に行くことあるじゃねーか」
「村の外って言ったって、すぐ近くの山とかだぞ? そこで剣の修行をしているぐらいだ」
「まぁ、とにかくかわいいお客さんなんだから粗相のないようにな!」
「お前は俺の母親か何かか? まぁいいや、案内してくれてありがとうな、平兵衛」
平兵衛は……やっぱり、件の来客がかわいい子とも相まって気になって仕方がないらしい。
何度も振り返ってようやく去っていた彼に苦笑いを小さく浮かべたところで――さて。幸之助は改めて、その少女の方へと視線をやった。
とりあえず、かわいい……。幸之助はすこぶる本気で思った。
歳は恐らく自分よりもやや下ぐらい。幼さがどこか残る顔立ちはかわいらしくも、端正で女性としての魅力がしかとある。
きらきらと輝く瞳はさながら翡翠のように美しく、ちょこっと見える八重歯が印象的な少女だがやはり――記憶にない。幸之助は再びはて、と小首をひねった。
「えっと……俺に用があるってことらしいんだけど」
「うんっ! ボクはね、君に用があってここまで頑張ってきたんだよ! どう? えらいでしょ!? えらいよね!?」
「お、おぉ……」
初対面であるにも関わらず随分と馴れ馴れしい。
大抵の人間であればこのような不遜な態度を振る舞う相手に好印象は抱かないものだが、彼女はあくまでもケモノビトである。
特に犬耳を生やしたケモノビトはとにもかくにも、好奇心旺盛で人懐っこいことで有名だ。
忠誠心も高く、一度主と心に決めたものには一生を共にする――反面、独占欲が強くて他の女に媚びようものなら問答無用で妨害する。
そう言った欠点もある種族でこそあるが、人間と長らく共存したケモノビトと断言してもよかろう。
総合すると、厄介な相手に目をつけられてしまったかもしれない……。幸之助はそう思った。
「あ~、その……なんだ。それで俺に用ってことらしいけど、いったいどんな用件で?」
この時点ですでに、幸之助の胸中では早急に帰ることを激しく願っていた。
これも平兵衛との付き合いが第六感……危険に対する察知能力を育んだ所為か。
猛烈にうなじの辺りがじんわりと熱を帯びて、ずしりと鉛を背負ったように重い。
むろんこれは、あくまでも比喩表現であるが幸之助は決まってこう錯覚を憶える時、何かしらの
「あのね、ボク……幸之助に恩返しをしにきたの!」
「お、恩返し……?」
ワン娘の言葉に思わず、素っ頓狂な声で返してしまった幸之助。
いよいよもって、誰かと勘違いしているのではないか。この可能性が大いに浮上した瞬間でもあった。
「あ、あの……一応先に言っておくけど。俺とお前は初対面だよな? 俺、お前みたいなケモノビト助けたこと一度もないんだが……」
「ううん、そんなことないもん! ボク、幸之助が助けてくれたことちゃんと憶えてるもん!」
「え~……いや、本当にこっちにはそんな記憶ないぞ?」
「本当だもん!」
頑なに否定する少女に、幸之助は頭をうんと悩ませた。
いくら過去にさかのぼったところで結果は同じ。やはりこのワン娘は他の誰かと勘違いしているようだ。
かわいいワン娘であるが、勘違いさせたまま騙すのは人道に反する。幸之助はやんわり否定しようと口を切って――
「――、ほらっ! これ幸之助のだよね!?」
これ見よがしに、少女は懐から――よくよく見やれば、女なのになんて恰好をしてるんだこいつは!? 幸之助は怪訝な眼差しをやった。
羞恥心というものが欠落しているのか、ワン娘の格好は村の女と比較しても露出度がとても多い。
緑を主とした羽織に桜の刺繍が入った白の着物と、一見すれば何の変哲もないが裾が恐ろしいぐらい短い。
よって健康的な乙女の柔肌……もとい、太ももががっつり露出していた。
後、強いて言うなれば腰に差した二振りの小太刀も気になる。
剣術の心得があるのか……? 幸之助はジッと腰の小太刀を見つめた。
それも強制的に視界を固定させられる。
頬をぷくっ、とさながら餅のように膨らませて「こっちを見て!」と少女が差し出したそれは、くしゃくしゃになった竹の皮とボロボロになった布切れだった。
「えっと……これは?」
「憶えてないの!? 幸之助がずっと昔にボクにくれたものだよ!」
「……いや、記憶にな――」
そこでハッと幸之助はした。
あった。たった一つだけ該当する情報がここにきて鮮明に浮上する。
幸之助は意識を過去へと
記憶にあるのは数年前、今日のような快晴から土砂降りの大雨となった日。
山での剣術修行を急いで切り上げて村へと帰る途中、山賊に出くわした。
厳密には偶然鉢合わせた、というのが正しい。
『なんだてめぇは。まぁいい、あのガキも見つからないし、こいつでいいか』
『おいガキ。お前だってまだ死にたくないよな? だったら身ぐるみ全部こっちに寄越しな』
『なかなか良さそうな刀持ってるじゃねーか。オラッ、さっさとこっちに渡しやがれ!』
『――、言いたいことは……全部言いましたか?』
彼ら山賊はもはや人にあらず。
身ぐるみのみならず、命をも平然と奪う心は獣以下だ。
ならばどうして、わざわざ慈悲をかける必要があろうか。
外道に堕ちた輩へかける情けは一切無用である。
そうして山賊を斬った後、幸之助は一人の少女と出会った。
その時の少女がケモノビトであるかなど知る由もなく、幸之助に対しても強い警戒心を抱いていた。
目の前で殺戮現場をありありと見せられれば、誰だって警戒しよう。
「そうか、お前あの時の奴だったのか……」
「うん。あの時はその……お礼もちゃんと言えなくて本当にごめんね? おいしいおにぎりと手拭いをくれたのに……」
「いや、別に気にするなよ。まぁ俺も今思い返したら、お前を無理矢理にでも村に連れていくべきだったなって反省したよ」
「ううん、だけど幸之助のおかげでボクはちゃんと自分の家にも帰れたし、こうして生きてる。だからボク、幸之助に恩返しするためにきたんだ!」
「恩返しって、そんな大げさな。俺は気にしてないから別にいらないぞ?」
結果論であるが、少女を助けたのはすべて偶然が重なっただけにすぎない。
もしあの時、いつもとは違う
しかし、どうやら本人は納得できないらしい。かわいらしい
「ボクは幸之助に恩返しがしたいの! そのためにずっとお家でお母さんと一緒に修行もいっぱいしてきたもん!」
「いやそう言われても……」
「やだやだやだ~! 幸之助に恩返しするのぉ! お嫁さんになるのぉ!」
「い、おいやめろ泣き喚くな! 俺が何かやったみたいな構図になるだろうが!」
ここにきて外見年齢相応らしく、地面をばたばたと転がった。
駄々をこねる様は正しく子供そのもので、だが当然何事かと村人が次々と集まってくる。
住み慣れた村なのに
「わ、わかった! わかったから泣き喚くのだけは本当にやめてくれ! マジで俺が悪者扱いになるだけだから!」
「……グスッ。本当……?」
「本当も本当だ!」
「……えへへ~やったぁぁ!」
ワン娘らしく、身体全部を使って喜びを表現する姿は自然と周囲に笑みをもたらす。
幸之助の頬は終始引きつりっぱなしだったのは、言うまでもない。
「……そう言えばお前、名前はなんていうんだ?」
「あ、そうだった! ボクは近藤ナツミって言うんだ」
自らをそう名乗ったワン娘――ナツミは屈託のない笑みを浮かべた。
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