花桃が咲く季節に
八田甲斐
第1話 息子殺し
まさか
真夏の深夜。辺りは
浩二郎の両足を両脇に抱え、獣道のような小道を上半身引きずって歩くのはとんでもなく重労働だった。浩二郎の頭が、道の段差などを越える
(正義感だけ振りかざしおって……)
その日の夜、小学五年生になった孫の日和が寝静まったころ、
浩二郎は
家の一番奥にある自分の部屋に浩二郎を通す。自分に似合わず
「どうゆうつもりなんだ……」
向かい合って座った
「あんた、反対派じゃなかったのか。
総一郎は黙ったままである。
事の
雄一郎が暮らす大沢地区の北西に連なる山の中腹に、
住人が「
賛成派は郷で戸枝家と
ただし、雄一郎は
郷の意見は雄一郎の巧みな反対派切り崩しで、賛成派に傾き始めている。このまま行くと思われたが、二つの
もう一つが、産廃業者はまだ土地取得もしていないのに、どこかの業者が廃棄に困っていた大量の水酸化ナトリウムを密かに予定地に廃棄したことが表沙汰になったことだ。
状況は変わりつつある。そして父親の裏切り行為を知った反対派に
(ばれた、それも息子に)
そのこともそうだが、
すべて、こいつらの為にやったことだ、と雄一郎が思っているにも
(この
正義感を振りかざし、してやったりという顔をしている浩二郎を見つめ、雄一郎はそう思っている。息子たちが小さな頃、よく
後ろを振り向くと
何かが
(……死んだのか、ばかな、俺は息子を)
拳骨を喰らわせるつもりで振るった暴力であるが、結果は最悪なものになった。
そして今、雄一郎は自分の
重い、息が上がる……、でも何とかしなければならない。
暗闇の中、雄一郎は浩二郎を引きずりながら、我が身に起こった悲運を改めて
距離的にいって、もう産廃処分場建設用地の中に入っているはずだ。地質調査という名目で、谷間の斜面を切り崩し、ちょっとした平地ができあがっている。建設が始まれば、さらに広い部分が
本格的な工事も行われていないのに、僅かに造成された平地には数十本のドラム缶が
浩二郎を引きずりながら、ドラム缶の
浩二郎の足を離し放り出すように彼を地面に置くと、荒い息が治まるのを待って
山の
その穴に近づくと、ドラム缶から流れ出た液体が池のように
地面の上に横たわる息子の両足を改めて掴み、そして穴まで引きずる。体力が回復していないので、それだけでも骨が折れた。
「手間のかかること、させる……」
そう毒づきながら浩二郎の身体を穴に押し出すように落とした。浩二郎は一回転しながら穴の中に沈んだ。落とし方が上手かったのか、静かにぬるりと穴に溜まっている液体の中に彼の身体が隠れた。
途端に水蒸気の様な熱を持った煙が立ち上り始める。何かとてつもない悪臭も噴き出してくる。雄一郎はそれから逃れるようにその場を逃げた。
(溶けている、身体が溶けていく)
そう思った。確かに浩二郎の身体が液体の中で溶け始めたような気配があった。
実の息子を手に掛けたにも関わらず、その一年後に建設計画はいきなり頓挫し中止が決まった。新しく就任した町長が、計画の白紙化を決定したのだ。
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