死と海と再臨

武州人也

限界

 何の気なしに車窓を眺める。外の景色は、もう見慣れないものに変わっていた。僕の乗るバスは海沿いの道を走っているようで、右手側には荒波を蹴立てる海が見える。


 昔は楽しかった。あの海も、二年前に優希ゆうきと遊びに行ったことがある。こんな寒風の吹く曇りの日じゃなくて、カラッと晴れた青空の下で、僕たちは潮干狩りをしたのだった。

 ああ、そうだ。優希さえ生きていてくれたら、僕は今しようとしていることなんか考えもつかなかった……かもしれない。


 

 何もかもが、限界だった。


 

 中学校では、いじめを受けている。体育祭の大縄跳びで何度も引っかかって、「どんくさくてクラスの足を引っ張る奴」だと思われたことが原因なのかもしれない。直接殴られたり蹴られたりはしないけど、筆箱を奪われた挙げ句バスケのボールのようにパス回しをされたり、朝登校したら上履きに泥が入っていたり、それ以外にもとしたイジワルをたくさんされた。

 こんなつまらなくてくだらないことでも、毎日毎日繰り返されれば心もすり減ってくる。僕を庇い立てする人がクラスに一人でもいれば違ったかもしれないけれど、あいにくそんな人はいない。周りには敵ばかりで、味方は一人もいなかった。


 気心の知れた友達がいない中で、優希ゆうきの存在を恋しく思った。平坂ひらさか優希……彼は美形でスポーツ万能で勉強もできる、非の打ちどころのない模範少年だったけれども、我が家の向かいの家に住んでいたこともあって、ずっと仲良くしてくれた。ああ、優希がいてくれたら……っていつも思ったけれども、死人が蘇ることはない。


 優希は小学校の卒業式を終えたその日にこの世を去った。その後すぐに優希の両親が引っ越してしまって、僕の家の向かいにあった一軒家は取り壊された。今その跡地は駐車場になっている。


 つらかった。味方のいない状況で、一方的な攻撃を受け続ける。家も決して安住の地ではなくなっていて、もう心休まる時も場所もない。先の見えない暗闇を抜けるには、もうこの方法しかなかった。


 バスの終点から二十分ぐらい歩くと、海岸の岩崖にたどり着く。僕はそこに身を投げて、全てを終わらせるつもりだ。


 終点はまだずっと先だ。確かもうすぐ鰐川わにがわ神社とかいうバス停に差しかかる。そこが、この路線バスの折り返し地点だ。


 この鰐川神社、僕が七五三をやったところだ。祭りの日に流鏑馬やぶさめが披露されるぐらい立派な神社だけど、境内をだだっ広い森が囲んでいて、そこの雰囲気はちょっと怖い。狛犬に落書きをした少年が夢の中で野犬に食い殺され、朝起きると足首に獣の歯型がついていた……とか、丑三つ時に正面の赤い鳥居越しに参道を見ると幽霊が現れる……とかいう怪談話を、小学生時代に先生から聞かされたことがある。


 ……ああ、それにしても眠い。ひと眠りしちゃおう。そう思った僕は、座席に深く腰かけて目をつぶった。

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