2.きみに託す極秘任務

「だいぶ、事情が複雑なことになっているようだな」


 応接間から出ると声をかけられた。

 振り返って口を緩める僕に、相手も穏やかに微笑んでくれた。


 彼は背高の若い魔族ジェマで、ノクトゥスという。大切な友人であり、また僕の身辺警護を請け負ってくれている手練れの剣士でもある。

 客人との謁見の直前、一緒に中に入っても構わないと言ったんだけど、自分はこの国の王族じゃないからって断固として部屋の扉の前から動かなかった。

 まあ、それでも。彼の口ぶりだと、話は扉越しでも聞こえたようだ。


「まあね。カミルは助けることに決めたから、僕も動くよ。とりあえず竜と子どもの奪還に向けて、セントラルについて調査をしようと思うんだ。手伝ってくれるかい、ノクト」

「もちろんだ」


 歩き始めると、ノクトはやや後ろから僕と同じ速度でついてきた。

 そして一呼吸遅れてもう一人、パタパタと急ぎ足で近づいてくる。


「ノア兄ちゃん、おれも手伝うよ」


 人懐っこい笑顔で駆け寄ってきたのは、薄い金色の髪の子どもだ。清潔な白いシャツに、紺色のベスト、膝までの丈の短めなズボンという出で立ちで、傍から見ればどこかの貴族の子どもにも見えるかもしれない。彼は僕にとってはかわいい弟分であり、また大切な友人でもある。

 この子の名前はルーエルという。


 ルーエルとノクトはもともと城の関係者ではない。十四年前、家出した先でたまたま知り合ったのが彼らとの縁の始まりだった。色々あって、今では友人以上の、家族みたいな存在としてお互い大切に想っている。

 身寄りのない彼らをノーザンに連れて来て、この白亜の城に住まわせることをカミルは許可してくれた。だから城に戻った今でも、こうして二人と一緒に時間を過ごすことができているんだ。


「うん、もともとそのつもりさ。ルーエルにはノクトとは別で頼みたいことがあるしね」


 にこりと笑った僕の顔を見上げて、ルーエルは琥珀色の目をぱちくりさせた。


「なに? おれにできること?」

「うん、そうだよ。きみには単身でセントラルへ行って、情報を集めて欲しいんだ」


 いつも笑顔を絶やさないルーエルも、さすがに目を丸くして固まってしまったようだった。

 足を止めた彼に合わせて僕も立ち止まると、後ろに控えていたノクトがすかさず口を挟む。


「ノア、さすがにそれは荷が重すぎないか?」


「もちろん、安全策は考えているさ。通信珠つうしんじゅを渡すから、これで定期的に連絡を取ること。そして危険な状況だと少しでも感じたら、【瞬間移動テレポート】ですぐに逃げてくること。この二つを約束して必ず実行するようにしよう」


 二人にそう言ってから、僕は上着のポケットから真珠みたいな白く光る玉を取り出した。


「これが通信珠だ。カミルが独自に開発した魔術具マジックツールで、その名の通り距離がどんなに離れていても会話をすることができるという便利な代物なんだよ」


 通信珠は手におさまるほどの大きさだし、衣服の中に隠すことも容易だからきっとルーエルには役立つ代物だろう。

 小さな手のひらに通信珠を握らせてあげると、初めて見るそれに彼はまじまじと見つめていた。


「ノア兄ちゃん、ありがとう。でもおれ、使い方分からないよ?」

「簡単だよ。決められた魔法語ルーンを唱えれば光るんだ。こういうふうにね」


 ルーエルに渡した片割れをポケットから取り出して唱えてみせれば、手のひらの上にある白い玉が淡く発光し始める。同時に、ルーエルの手の中にある白い玉が白く明滅し始めた。


「チカチカと光り始めた!」

「そういう光り方をしたら、通信が入っている合図だよ。さっき僕が唱えた魔法語ルーンで受信できるからやってごらん」

「うん」


 設定されている魔法語ルーンは短く、魔法にそれほど詳しくないひとにでも簡単に唱えられるようになっている。

 たどたどしくルーエルが唱えると、通信珠は白く点灯した。


「うわぁ」


 感嘆に満ちた声が、僕の手のひらにおさまっている真珠のような玉から聞こえてくる。

 そばで見ていたノクトがなるほど、とつぶやいた。


「これは二つで一組の魔術具マジックツールなのだな」

「その通り。カミル、ウチの将軍が結構な頻度で城を空けるから、話をしたい時にできないのを不便に感じていたみたいで。だから通信できる道具を作ったみたいだね」

「政務もあって多忙だろうに、国王陛下は一体いつ作っているんだ」


 うん。僕もその点に関しては突っ込みたい所存だ。絶対、睡眠時間を削っていたに決まってるし。


「でもそんな大事な道具、おれがあずかってしまってもいいのかな?」


 通信珠をてのひらにおさめたまま、ルーエルは眉を八の字に下げて、言った。不安げに見上げてくる彼を安心させるために、僕は笑って答える。


「大丈夫さ。この通信珠は直接カミルにもらったものだから。なにか役立てられるだろうからってさ」

「そっかあ」


 ほっとしたように、ルーエルの頬が緩む。

 安堵した様子の彼を見て目を和ませた後、僕はノクトを見上げた。


「どうだい? これだけ危険が少ない方法を取っていれば安心だろう?」


 確認の意味を込めて投げかけた問いかけに、口元を緩めてノクトは答えてくれた。


「ああ、そうだな。だが、ルーエルにとって荷が重い任務には変わりないだろう」

「大丈夫さ。僕やノクトより、情報を集めることに限ってはプロだよ。それにルーエルは賢い子だ。無茶なことはしないさ」


 腰に手を当てて断言すれば、そばで聞いていた子どもは相変わらずのまぶしい笑顔をノクトに向けた。


「そうだよ、ノクト兄ちゃん。街潜入のイロハは最近アル兄ちゃんに教わっているからバッチリだしさっ。じゃあ、行ってくるねノア兄ちゃん」

「うん。気を付けて行くんだよ」

「任せて!」


 にぃっと白い歯を見せて笑うと、ルーエルは通信珠をズボンのポケットに突っ込んだ。それからぶんぶんと手を振ってから、きびすを返して走って行った。

 見えなくなるまで二人で見送ってから、ノクトは首を傾げる。


「ノア、アル兄ちゃんとは……誰だ?」

「諜報部にいるアルベルトのことだよ。彼、ルーエルの才能を高く評価していてさ、変装や潜入に関することとか、色々教えているんだよね」

「そうか」


 互いの間におとずれる沈黙。ちら、と自分より背の高いノクトの顔色をうかがえば、彼は顎に手を添えて考え込んでいる様子だった。


「……ルーエルは、将来諜報員にでもなるつもりなのか?」


 うーん。その問いかけは至極もっともだけど。


「どうだろうね。僕はあんまり勧めたくないけど、将来の道を決めるのはあの子だからなあ」


 当人でない僕は、結局こんな答えしか返すことができなかった。

 すると、心配性のノクトはそうかと首肯して、再び黙り込んでしまったのだった。

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