第18話 ◆先見の明のダンジョン攻略◆ ②


 


 【SIDE:ネロ】



 ーー黒迷宮(ノワールダンジョン)



「はぁ、はぁ、はぁ……。おい、"アティさん"よぉ! 道は合ってんだろうな?」


 ゴードンは大盾と大斧をガンッと地面に置きながら声を荒げる。


 それを休憩の合図だと言わんばかりに、カリムは「はぁ~……疲れたぁ」と座り込み、声をかけられたアティは一瞬だけ驚いたように瞳を見開いたが、


「……マップをご覧になりますか?」


 ニッコリと笑顔を浮かべた。


「マップなんて読み方を知らねえよ! ……お前、どう考えても遠回りしてるだろ?」


「……いえ。1~3階層は魔物の出現もありませんし、たくさんの方たちが制作し、かなり正確なマップが作成されておりますので、それは有り得ませんよ、ゴードン様」


「嘘つけよ!! 前に来た時は、こんなに歩かなかったぞ!? なんだか、いつもより暗く感じるし、手を抜いてんのか?」


「手を抜くも何も……まだ魔物とも遭遇しておりませんし、魔力にも限りがあります。今、支援魔術をかける事など、愚策中の愚策、」


「チィッ! いいからかけろ! 戦闘になりゃ、自分たちのスキルを使って一気に軽くなるんだ! 戦闘に支援魔術師なんて、このパーティーに必要ねぇんだ! 今くらい役に立ちやがれ!!」


 ゴードンはかなり気が立っている。


 その気持ちはわかる。


 こんなに長い時間、ダンジョン内をダラダラと歩いた事はない。ゴードンに至っては、すでに息切れをしている始末。


 本音を言えば俺も少なからず、「疲労」を感じている。ダンジョン内で"身体が重い"と感じるのは初めての経験だ。


 アティの持つ照明用の魔道具。

 いつもアルマに持たせていたものと同じはずなのに、やけに暗く感じる。


 カリムとゴードンの無意味な会話も減り、"静かすぎるダンジョン"がそう見せているのだろうが、気に入らない。


 適度に戦闘があればダレる事はない。

 それら、全ての原因は"わかっている"。


 正直、かなりガッカリだ……。


 俺は冷めた視線でアティとゴードンを見つめ、「弁解」でも聞いてやる事にしたのだが……。

 


「……1時間と少し歩いただけですが?」


「お前がちゃんと道案内しないからだろうが!!」


「……ご自分でマップを確認して下さい。昨晩、ルート確認を済ませて、最短の道を進んでおりますので」


「ぁあ? 何言ってんだ? そんな"嘘"が通じると思ってんのか……!?」


「……今までどうやって来たのですか?」


「……舐めてんのか、お前。魔法次第の副団長だか、公爵令嬢だか知らねぇが、ふざけるのも大概にしろよ、コラ……。『先見の明』の"最強の盾"である俺に、」


「ふふっ、随分と体力のない"最強"ですこと……。重い盾が持てないのなら、置いて行ってはいかがです?」


 アティはゴードンを蔑むように笑い、ゴードンは目を血走らせる。


「テメェ……」


 ゴードンは巨体で威圧するように至近距離でアティを見下ろすと、


「次、舐めた事を抜かしたらタダじゃおかねぇ……。なぁ、ネロ! いいだろ!? 嘘ばっかだ、コイツ……」


 今にも殴りかかりそうな状態で俺に声をかける。


 カリムはすかさず間に入り、


「まぁまあ、落ち着きなよ、ゴードン。アティもほら! 嘘ばっか言ってないで、"ちゃんと案内してよ"」


 2人を落ち着かせようとするが、ゴードンがアティから視線を外す事はない。



 それはそうだろう。

 この女は俺たちを舐めている。


「……先程から、何の冗談なのでしょう? わたくしは道を間違っていませんが?」


 ゴードンの威圧など意に介さず、ニッコリと笑顔を浮かべた。


 ……もう充分だ。

 所詮、この程度の女だったってわけだ。


 "道は間違ってない"……?

 クククッ、この女……。澄ました顔をして、随分と笑わせてくれる……。


 「冒険者としてはルーキーだから」と様子を伺っていたが、もう我慢する必要はない。



「おい。アティ・ギル・クレンセン」


「……なんでしょうか、ネロ様」


「何が目的だ? 何がしたい……?」


「……」


「お前にはガッカリだ。……"ルート確認"? "間違ってない"?」


 アティは小さく眉間に皺を寄せる。


「準備に3日やっただろ? ダンジョンについての知識を頭に入れなかったのか? "いつの時代"のマップを入手したんだ?」


「……入っていますが?」


「ククッ、クハハハハッ!!」


「何がおかしいのでしょう?」


「ふっ……笑わせるなよ。その頭は飾りか? 随分と小さい脳みそだな」


「……」


「『なぜ壁を壊さない』……?」


「…………えっ?」


 アティは白々しくも驚いた演技をしている。


「旧式のマップを手に入れて満足してたのか? いや、3年前には新規ルートが確立してたはずだ!!」


「な、なにをおっしゃって、」


「ふざけるな!! こんなにダラダラと歩いた事は一度もない! 冒険者を初めて一度もだ!!」


「……!?」


「何を驚いたフリをしてる? ……俺たちがどれだけのダンジョンを攻略して来たと思っている!?」


「……か、壁を……?」


「ふっ……誰に何を聞いて、どこのどんな資料を読んだんだ? 言ってみろ!! ダンジョンの壁をぶっ壊しながら先を進むなんて常識だろ!?」


「……え、あ、」


「1時間あれば10階層程度までは潜れてるはずだ!! お前が、道案内を正確に行なっていればなぁ!!」


 間違いなく、アティは「遠回り」をしていた。


 "なぜそんな事をするのか?"とずっと考えていたが、コイツのメリットになる事は何も出て来ず、答えはわからなかった。


 ただ一つわかった事。


 それは、驚愕の表情で顔を青くさせるアティを見て、「アティ・ギル・クレンセンの本当の顔を見た」と感じた事だ。


 まさか、演技ではないのか……?

 とんだ無能じゃないか……。


 俺はアティの様子に思わず笑みをこぼす。



「ふっ……、ククッ……準備を怠れば、すぐに死ぬ。『冒険者』はそういう職業なんだよ。"天才様"……」

 


 俺が鼻で笑うように呟けば、アティはさらに顔を青くさせた。


「おい、さっさと謝罪しやがれ!! 舐めた口を聞きやがって!!」

「ま、まぁまあ! アティだってわざとじゃないみたいだし」


 ゴードンが詰め寄りカリムが静止する。


 ハラリと顔に落ちた綺麗なブラウンの髪。

 唖然として虚なブラウンの瞳。


 どうやら、ようやく自分が無能であると自覚したらしい……。


 俺は顔面蒼白のアティを見つめながら、やはりいい女だと思った。メンバーとしては使い物にはならないが、世間では「天才」と呼ばれているアティ。


 ククッ……、クレハと同じ用途と、世間での俺の地位を高める意味では使えるかもな。


 チラリとクレハの様子をうかがうと、アティと同様、青い顔をしている。

 

 察しがいいらしいクレハは俺がアティに取られるかも知らないと思ったに違いない。


 そう考えると2人一緒に相手にしてやるのも悪くはないなと口角を吊り上げた。



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