第16話 "天才鍛治師の力持ち" ②
ーーギルド長室
ロミリアの引き留める声に、「勝ったぁ!!」と心の中でガッツポーズをするが、
「……ん? "思い出させた"?」
俺は大きく首を傾げた。
「も、もう怠惰な生活は要らない。逃避行は終わり! もう一度、夢に向かって走るなら、君の隣しかないって、そう思ったんだ!!」
「……」
「君のピアノのせい……。いや、君の『没頭』が、楽しそうな姿が、僕に思い出させたんだ!! 責任とってよ!!」
ロミリアはスクッと立ち上がり、ポロッと涙を流す。
「……お前の夢ってなんなんだ?」
「……最高の素材を自分で発掘して、自分にしか生み出せない作品(こども)を……自分の手で……!!」
「……」
「もう中途半端は絶対にしない。誰かにオカシイヤツだって笑われても、気持ちが悪いって蔑まれても、もう捨てない!!」
ロミリアのグリーンの瞳は真っ直ぐに俺を見つめている。
「僕は君の隣で夢を叶えたい」
「……」
「……僕だって創造者なんだ!!」
ロミリアは頬に涙をながしながら、グッと唇を噛み締めて瞳を燃やしている。
まるで好敵手(ライバル)に向けるような視線に、俺は「ハハッ」と小さく笑い、
「……面白いな、お前!」
笑みを抑えられない口元を手で覆った。
みんな、気味悪がるか、呆れるか。
リーシャや「孤児院のヤツら」のように好意を向けられるのは例外だし、基本的にはその2択。
ロミリアの瞳は初めて向けられるものだ。
「……君には負けない!」
俺が更に頬を緩めていると、ずっと黙りこくっていたリーシャが俺とロミリアの間に入る。
「あなたは生活魔術を使えるの?」
「……えっ?」
「火や水を調達できる? そんな"モノ"を作れるの?」
「ま、まあ、素材があれば、簡単に作れるけど……?」
「……力持ち?」
「……う、うん。僕はドワーフだからね」
「じゃあ、"荷物持ち"してくれる?」
「えっ? うん。2人の装備も作るし、メンテナンスもするよ? 一応、盾役(タンク)も前衛(アタッカー)も、」
「必要ない。あなたは荷物さえ持ってくれればいい。私が戦うし、サポートは"アル"1人で充分だから」
「……じ、自分で言うのもアレだけど、僕、けっこう強いよ? どんな旅をしてるのか知らないけど、一緒に連れて行ってくれるなら僕も、」
「必要ない……」
「……え?」
「本当は2人でも充分なの……」
「いやいや、そうじゃなくて……」
ロミリアは困惑気味に俺の様子をうかがう。
だが、俺は正直、(……さっきまでの無駄な駆け引きなんだったんだ?)と完璧にスイッチを切っていた。
「"アル"と私だけでいいのは本当。……ただ、私たちは荷物を持ってくれる生活魔術を使える人を探してたの」
ロミリアはリーシャに見惚れたようにポーッと顔を赤くする。
「"作れる"ならお願いしていい? あなたはあなたのやりたい事をすればいい。探索でも鍛治でも好きにすればいいと思う」
リーシャは無表情で淡々と呟くと、俺を見つめて、「これでよかった?」と首を傾げる。
「……に、荷物持ちしてくれて、諸々の雑務もサポートしてくれるならそれでいい」
「……えっ? なにそれ。僕を連れて行きたくないんじゃ……。さっきまでの交渉は、」
「言うな、"ロミリア"」
「……は、ははっ! 恋人同士みたいだから、好きな時にえっちな事できないし、拒絶されてるのかと思ったよ!」
「ふっ、別にそんなんじゃない。"雑用"として加入させるために『なんでもする』って言わせたかっただけだ」
ロミリアはギュッと拳をつくる。
「……じゃあ、いい? ……僕も、君たちと……。……て、鉄を打ち始めると、君みたいに周りが見えなくなることがあるんだけど……、いいかな……?」
視線を伏せ、緊張した面持ちのロミリアに、親近感を抱く。
ーー君は怖くないの?
思えば初めて声をかけられたのは、こんな問いかけだったな。
なるほど……。
"君は怖くないの?"か……。
俺だって笑われたいわけじゃない。
頭がオカシイと思われたいわけじゃないし、孤立することを恐れる気持ちがわからないわけじゃない。
ただ、そんなものより大切なモノがあるだけ。それに俺はいつだってピアノがいてくれる。
孤立はしても孤独ではない。
「ふっ、お互い様だ。邪魔なんかしないし、お前も邪魔してくれるな」
「……うっ、うぅ……」
「好きにやろう。俺たちは自由なんだから」
「うっ……うぅっ……。ぅん……うん!!」
「"アルマ・ウェルズ"……。D級冒険者の【演奏家】だ。よろしくな、ロミリア」
俺はスッと手を差し出した。
ロミリアはウルウルと瞳に涙を溜めると、
「う、うん!! 僕はロミリア・チェル・ガルノ!! 鍛治師だよ!! よろしくね、"アルマ"!!」
ガバッ!!
俺に抱きついてきた。
「うぅ……ぼ、僕、なんでもするよ! ……君に、僕の最高の作品(こども)を1番に見せて、うぅ……それで、認めさせてみせる。ぜ、絶対、世界一の鍛治師だって、君に認めさせてみせる……!!」
俺の肩に顔を埋め、泣き続けるロミリアに「ふっ」と笑みをこぼして頭を撫でてやる。
なんでこんなに『俺』に執着してるのかは知らないが、コイツがどんな"モノ"を生み出すのか、少し楽しみだ。
なんて思っていると、
ガッ……!!
ロミリアはリーシャに首根っこを捕まれ、余裕で引き剥がされた。
「……リーシャ・レスティン。よろしくね、ロミリア」
ロミリアは涙と鼻水だらけの顔をサァーッと青くすると、
「……ぅ、うん。よろしけね。リーシャちゃん……」
一瞬にして泣き止んだ。
俺は「ん?」と首を傾げたが、当初の予定通り"使えるポーター"をゲットできたし、まさかの「古代の楽譜(エンシェント・スコア)」も見つけられたし、
「ふぅ~……最高だ!」
大きく、大きく伸びをした。
頭の片隅で「お前らも、ちゃんと村への帰り支度を進めているのか?」などとネロたちの事を思った。
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