第13話 〜何者!?〜
◇◇◇【SIDE:ロミガルノ】
――冒険者ギルド
いつも騒がしいギルド。
僕はいつものように爆睡しながら、書類にヨダレを垂らしていたんだけど、
「……ありゃりゃ? どうしたのかな?」
静かすぎるギルドに、逆に目を覚ました。
「うぅ~ん……」
まだ重たい瞼。ウトウトとしながらジュルリとヨダレを拭うと、
タンッ……タンッ、タンッ……
遠くの方で規則的に鳴る小さな音が耳に届く。
ポリポリと頭を掻き、「ふわぁあ」と大きな欠伸をして、しばらくボーッとしていたんだけど……、
「……ん? んっ!? んんん?! えっ!? 何でこんなに静かなの?!」
だんだんと意識がはっきりして行くと共に、ギルドの異変に気づいた。
バタンッ!!
慌てて「ギルド長室」を出て声を上げる。
「えっ? な、なになに? 何でこんなに静かなの!?」
僕が飛び出すと1人の少女とバチッと視線が交わり、言葉を失ってしまった。
綺麗な銀髪に真っ赤に透き通った真紅の瞳。キメの細かい白い肌に完璧なバランスの整った容姿とスタイル。
わわわっ! とっても美人さんだ!!
こんなに綺麗な"人間"見たことないや!
ポーッと見惚れてしまうと、
「……ロ、"ロミ姐さん"」
「……ギルマス」
「……"ロミちゃん"」
みんなから声をかけられる。
ポツリポツリと、まるで騒ぎ方を忘れてしまったかのように。まるで見えてはいけないものが見えてしまったかのように、困惑気味に。
……? いつものギルドだけど?
あっ。壁を壊してピクピクしている"へボー"は……、うん。きっと調子に乗ったんだね、これもいつも通り。
別に、他には……、
ゾクゾクッ……
僕は美人さんの隣で一心不乱に手を動かしている1人の少年を見つけてしまった。
周囲の声など耳に届いてないように手足を動かし、声をかける事を躊躇するような深い集中。
邪魔する事ができないほどの「没頭」を前に、胸がギュッと締め付けられる。
「ハ、ハハッ……嘘でしょ?」
また背筋がゾクッとするけど、これは恐怖に身震いしてしまったのだとわかっている。
"日常"に飛び込んで来た"異物"。
彼を前に、
ーーもういい! めんどくせぇ!
ーーさっさと寄越せ!
ーーもうコレで充分だ、"鍛治バカ"!
思い出したくもない過去が蘇る。
「…………」
楽しそうに頬を緩め、滴る汗など一切気にする事なく指を動かす少年に息苦しさを覚える。
一体、何をしてるんだろ……?
彼は何者なんだろう……?
ウルッ……
彼は没入している。
僕はそれが羨ましくて視界が揺れていく。
ーーただの荷物持ちなら要らない。お前はこのパーティーに相応しくない。
"アイツ"の言葉に二つ返事で頷いた。
中途半端の"作品(こども)たち"を世に出してしまう事が我慢できなくて冒険者を辞めた。
一度、作業を始めると周りが見えなくなって、その度「変人」や「狂人」だと笑われて……。
生きづらい毎日に耐えきれず、
『世界最高の素材を採掘して、自分にしか生み出せない最高の作品(こども)を作る』
夢は捨ててしまった。
高ランクパーティーに帯同しても、加入するにあたって生み出した"手土産"以上のものは無理だった。
僕は……鍛治師としてのプライドも、"ドワーフ"としての誇りも、捨ててしまった。
タンッ、タンッ、タンッ……
彼の集中を前に、恥ずかしくなってしまう。僕の集中なんて、偽物だったんだと突きつけられてしまう。
きっと目の前でどれだけ彼を罵倒しようが、彼の耳には届かない。
……僕とは違う。
「うっ……うぅっ……」
彼は、僕が生きたかった道を歩く人だ。
ーーもういいや。
報われない日々。我慢の連続。
"何のために頑張っているのか?"がわからなくなり、僕は逃げ出した。
ギルドマスターとしてダラダラと……。ただ毎日、息をしているだけで、苦痛がない代わりに感動もない日々に逃げ出した。
それなのに……、
「……すごいや」
うるうると視界と、彼の指先からポワポワと雪のような光が立ち昇っていくのが見え始めた。
……ピアノ? ……"音楽"。
真っ黒の蝶のように羽を広げるグランドピアノから聞こえないはずの音が聞こえてくるみたいだ。
「……ク、クソォ……」
彼は本物だ。
"本物の芸術家"だ。
なんの音も聞こえない。でも、彼はこの景色を生み出せる事のできる創造者だ。
悔しい。恥ずかしい。情けない。
僕も彼のようになりたかった。
彼のように生きたかった。
彼はなんて自由なんだ……!!
きっと、「自分の成すべき事」以外、大切な事やもの以外、どうだっていいと思えるような頭のネジが飛んでいる人だ。
ーー超一流の職人は、ロミみたいに周りが見えんヤツばかりじゃでな。
じいちゃん……。
僕は贋物(ニセモノ)だよ。
ここに本物がいる。
羨ましい。妬ましい。
彼は……、とても"強い人"だ……。
僕は……、とても弱く、情けないドワーフだ。
ザワッ……
胸がざわつき、強く締め付けられる。
嫌だ。嫌だ。ちがう。違うんだ……。
「……ぃやだ……。違う。今の僕は……違うんだ。本当の僕は……、君と同類なんだ」
……負けたくない。
『君に負けたくない』
ギリッと噛み締めた唇から血が伝う。
ポロポロと頬をかける涙は、感動と敗北が入り混じった、よくわからない涙。
「僕だって、創造者なんだ……!」
ボワァッ……
諦めたはずの夢が再熱する。
捨てたはずのプライドが胸に灯る。
僕は何をしていたんだろう……。
胸が熱くなるのは……、生きてると実感できるのは、"モノづくり"しかないのに。
"逃避行"に飛び込んできた"本物"。
今、僕は分岐点に立っている。
プルプルッ……
湧き立つ衝動に小さな手が震えてる。
黒髪の少年は無我夢中で手を動かしている。頬を伝う汗が、彼の創造した光の雪に反射して眩しかった。
※※※※※
男はただ呆然と立ち尽くしていた。
自分はおかしくなってしまったのだと、ただただ目の前の光景を信じられなかった。
漆黒のグランドピアノ。
視界を埋め尽くす色とりどりの雪の光。
見たこともないような美女を連れたいけ好かない男だった。
顔は悪くはない。
ブサイクとは言わないが、とても美女と釣り合いが取れているとは思えない。
どこにでもいそうな平凡は男。
少し無気力で、めんどくさそうな目つきが気に食わなかった。美女に好かれているようなのに、軽くあしらっている態度が信じられなかった。
(何様のつもりだよ、コイツ……)
多分、この場にいる連中はみんな同じ事を考えたはずだ。
現にこの男もそう思っていた。
ヤジを飛ばしたヤツらは、美女の一瞬の加速で沈黙。ヤジこそ飛ばさないまでも、この男もバカにしたように口角を吊り上げていた。
ーー頭がおかしいヤツだ。
この共通認識が辺りには充満していた。ただ、美女が怖い……いや、剣を首に突きつけられた男以外の者たちは、この美女に嫌われたく無い。
その一点が全てだった。
"はず"だった……。
ポワァ、ポワァ、ポワァ……
この光に包まれるまでは。
バサッ……
巨大な羽を広げた真っ黒の蝶が現れるまでは……。
男はただ立ち尽くした。
救世主かと思えたギルドマスターに答えを求めるように小さく名前を呼んだ。
元Sランク冒険者。
現在SSランクパーティー"神威(カムイ)"の元天才鍛治師。
『七宝神器(セブンス)』の一つ「神大斧(カムサリ)」の作者が、唇を噛み締めて、ポロポロと涙を流しているのを見つめて、このギルドが異常地帯……いや、この男が"異常者"なのだと立ち尽くした。
「なんなんだよ、一体……。何者なんだよ、コイツ……」
男はポツリとつぶやいた。
つい先程とは、人が変わったようにキラキラと輝く空色の瞳と、艶っぽく綺麗な長い指先を見つめながら。
「……あ、あれ?」
自分が涙を流している事に気づいたのは、声を発して、頬に違和感を感じてからだった。
間違いなく、この世界1の美女が視界に入っているのに、いつまで経っても焦点は合わなかった。
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