第14話 どういう状況?




   ◇◇◇◇◇



 ーーユーベ「冒険者ギルド」



 タラタタタラタン、タァーン!!


 

 とりあえずの譜読(ふよ)みが終わった俺は"ショパン"に魅せられ、自分の納得の音が出せずに集中力を欠いた。



 ダ、ダメだぁああ!!

 こんな音じゃなぁああい!!!!



 弾いているのは確かに「子犬のワルツ」。でも、まだまだ未完成。ショパンの求める音も、俺が求める音も出せていない。


 まぁでも、そんなものは当たり前だ。

 これまでの古代の楽譜も一筋縄ではいかなかった。


 古代の楽譜と向き合い、自分の血肉に変える事はまだできていない。


 技術面の話じゃなく、


 『ショパンすらも感動させる演奏』


 には程遠い。


 俺は作者すらも感動させられるようなピアニストになりたい。


 ショパンが実在するのかどうなのか。

 それは俺にはわからない。


 でも、もし会えたのなら俺の曲もショパンに弾いて欲しい。俺がショパンに必死になるように、ショパンにも俺の楽曲に夢中になって欲しいんだ。



「ふぅ~……ハハッ、奥が深い……!!」



 深く息を吐き、笑いながら手袋を装着すると、久しぶりに酸素を取り入れた感覚に包まれる。



 そして異変に気づいた。



 シィーン………



 冒険者ギルドとは思えない静寂に気がつき、目をパチパチとさせる。


 え? なんだ? 

 なんかおかしくない?

 なんでみんな俺の方を見てんだ?


 あっ……。あぁああああ!!


 お、俺……他人の楽譜(スコア)を勝手に? こんな貴重な楽譜(スコア)の譜読みを勝手に……? そんな盗賊まがいの真似を……?


 サァーっと顔から血の気が引く。


 ま、待て待て!!

 これから、この楽譜を手に入れる交渉が待っているんだぞ!? これ、かなり印象悪いんじゃないか!?


 バッと顔を上げると目の前には、"赤髪のツインテールのガキ"がポロポロと泣きながら立っていた。


 持ち主と見て、まず間違いないだろう。


「……あ、いや、違う! 別に俺は勝手に譜読みしてたわけじゃなくて、ただ練習しているところに、この楽譜(スコア)があっただけで!!」

「…………」

「えぇと……。ごめん。う、嘘だ。めちゃくちゃ嘘だ。わ、わ、悪かった! ……"これ"、君だろ? 勝手にごめんな!!」


 俺が古代の楽譜を手に取ると、


「……君は怖くないの?」


 赤髪ツインテの幼女は、クリックリのグリーン瞳を更にうるうると滲ませる。


「……え? いや……はっ?」


 俺はマヌケな声をあげて、隣のリーシャへと視線を向けるが、リーシャは何やらじんわりと頬を染めて、俺と目が合うとフイッと視線を外した。


 ……えっ? 俺、いま全裸なの?


 リーシャの反応は、まるで俺が全裸で"見えないピアノ"を弾いていたかのような奇行をしていたかのよう。


 もちろん、服は先ほどと同じボロボロの下級冒険者風。


「……?」


 キョロキョロと他の冒険者たちの顔色をうかがうが、俺と目が合っても沈黙したままスッと視線を外されるだけだ。



 ーー相変わらず気持ち悪いヤロウだ。



 居ないはずのネロの声が聞こえる。


 あぁ。なるほど。

 みんな、ドン引きしてるんだな!!

 別にドン引きされるのは慣れたものだが、ここの連中の反応はなかなか新鮮……。


 ……って、いやいや、リーシャ! お前は別に慣れてるだろ!?


 助けを求めるようにリーシャに視線を向けても、未だ顔を赤くしたまま、俺の方を見ようともしない。


 なんなんだよ。ったく……。


 俺の目を真っ直ぐ見てくるのは目の前の"赤髪のガキ"だけのようだ。


 楽譜の持ち主と思われる幼女。


 ま、ま、周りなんて気にしてられるか! 

 上手く擦り寄って、なんとしても手に入れる!! よ、よし。ミッション開始!


「……えっと、別に盗もうとしたわけじゃないからな? ちゃんと要求を言ってくれれば嬉しいんだが?」

「……」

「えっと、聞いてる? ってか、みんなもどうしたんだ? 俺、そんなに迷惑だったか?」

「……みんな、君に圧倒されてるだけさ」

「……ん? 普通にドン引きしてるんだろ?」

「は、ははっ……君のピアノに圧倒されたんだ。君が生み出す光景に……」


 生み出す光景……?

 何言ってんだ? この幼女は……。


「え、えっと……君、頭大丈夫か? ただ気持ち悪い動きをしてただけ……って、そもそもなんでピアノだってわかったんだ?!」

「そんなの、誰にだってわかるさ」

「……えっ? あぁ、"譜読み"って言ったか……」

「そんなのは関係ないよ」

「……? えっと、も、もうお眠の時間なんじゃないか……? えっと、両親はどこに、」

「君は本物だ……」

「……えっと……」

「冒険者ギルドをコンサートホールに変えてしまうくらい……いや、聞こえないはずの音を"見せてしまう"くらいの創造者だ……」


 "赤髪幼女"はなんだか悔しそうに唇を噛み締めるが……、


 ……何この子。

 め、めちゃくちゃいい子だ!!

 ファ、ファンだ。

 ファンができてしまった!!


 俺のテンションはぶち上がっていた。


 なんか大人に対する言葉遣いはなってないが、めちゃくちゃいい子だ!!


 ギルドがコンサートホールに見えただって? 音もしてないのに? 全く……やれやれだな。ほんと、マジでやれやれだ!!


 少し、いや、かなりぶっ飛んでいる幼女だが、俺のファンだ。いい子に決まってる。


「まだこんなに小さいのに、君はセンスがある! 君は俺のファン1号に認定してやるからな!! 特別に何か弾いてあげよう!」

「……えっ? 聞ける……の?」

「ああ! あっ。でも、"子犬"じゃないぞ? あれはもっともっと弾き込まないと人に聞かされるものじゃないからなっ!」



 ガシッ……


 言葉をかけながら、幼女の抱き上げる。


「ひゃ、ひゃあッ!!」

「ハハッ! 可愛いヤツだな! ピアノを聞いたことはあるのか?」


 俺は普通に調子に乗りながら、ヒョイと膝の上に座らせるが……、


 ピトッ……


 リーシャが俺の服の裾を摘みジトォーと半目を向けてくる。


 ふっ、兄ちゃん取られて拗ねてるのか?

 こんな小さい子に嫉妬するなんて、リーシャもまだまだガキだな。


「アル兄。その子、多分ギルドマスター……」

「はっ? どうみても12かそこらの幼女だろ」

「……"ギルマス"って呼ばれてた。"ロミ姐さん"って」

「……"ロミ"?」


 狼狽える俺に、リーシャはコクンと頷く。


 モゾモゾ……


 膝の上に乗せた幼女はピシッと固まり、耳まで赤くなっている。俺はまたヒョイと幼女を抱き上げ、膝の上から下ろす。


「……えっと、君はだれ?」


 幼女は髪色にも負けない真っ赤な顔で、唇を噛み締めてプルプル震え出す。


「リーシャ、どうなってんの?」

「……どう言えばいいのかわかんない」

「なんでみんな俺を見てるんだ? モテ期か?」

「……さぁ?」


 リーシャはいつものキョトン顔で首を傾げ、フイっと視線を外す。


 なんなんだ、コイツ!!

 なに拗ねてんだ? さっきから!!


 俺にモテ期?


 ……って、んなわけないだろ! 

 もう知るか! とりあえず「子犬」だ。


「……おぉーい! みんな!! この楽譜(スコア)は誰のものなんだ!? 出来れば譲って欲しいんだが!!」

「「「…………」」」

「金でも、なんでも! 要求があるなら、なんでもしてやる! とにかく、黙りこくるのやめない!?」


 意味がわからなすぎて半泣きになりそうな俺が叫ぶと、


 ガンッ!!!!


 目の前の幼女がギルドの机を拳で軽々と破壊した。


 俺の目は普通に飛び出た。



「……き、聞かせてくれるって言った!」



 赤髪の幼女はウルウルと涙を溜めて叫んだ。


 パラパラパラッ……


 赤髪幼女の拳は、机だけにとどまらず、床まで崩れてしまう破壊力を持った一撃だったようだ。


 音も聞いてないのに、俺のピアノの虜になるなんてかなりセンスがいいのは間違いないんだが……、


 ……このファン、熱烈すぎやしないか?

 もうなんかちょっと怖いんだが!?


 俺は普通にドン引きした。


「……あ、あんなところに座らされても、聞きたいから我慢したんだ! は、恥ずかしくて死にそうだったけど、君のピアノの音を聞いてみたいから……!!」

「……?」

「ぼ、"僕"はロミリア・チェル・ガルノ!! この冒険者ギルドのギルドマスターだ!」

「……いやいや、どう見ても普通のガキじゃん」



 シィーン……



「「「ふ、ふざけんな!!!!」」」


 俺の一言が許せなかったのか、まるで騒ぎ方を思い出したかのようにギルド内が騒がしくなった。

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