婚約破棄の原因のドングリは、新たな良縁を導きました

uribou

第1話

 真実の愛を見つけた、前提であった家同士の関係が悪くなった、罪を犯した、性格の不一致。

 婚約破棄の原因にはいろいろあろうが、アインホルン伯爵家ユーリア嬢の場合は少々変わっていた。

 ドングリを踏んだからというものであったのだ。


 両親の伯爵夫妻は娘の身を案じて、容態を確認し合う。


「ユーリアはまだ目を覚まさんか?」

「はい」


 こともあろうにユーリアは、王家主催のパーティーの当日にドングリを踏んで転び、頭を打ってそれから目を覚まさないのだ。

 もう七日になる。

 急な欠席を王家から咎められて婚約相手のザイファート伯爵家の令息と当主は激怒し、ユーリアの有責で即婚約破棄となった。


「ユーリアの有責は可哀そうな気もするが」

「かといって向こう様の落ち度ではありませんしね」


 ため息を吐くユーリアの伯爵夫妻であった。


          ◇


「ややややややややヤバいことになりました……」


 地上の小さきものの運命を司る神は頭を抱えていた。

 自分が弄んでいたドングリをついモニターの向こうに落としてしまい、それに足を滑らせた伯爵令嬢が昏倒してしまったからだ。


 それだけならまだいかようにも取り繕うことができた。

 ところがその伯爵令嬢が婚約破棄されてしまったのだ。

 地上の小さきものの運命に干渉しないという、天上界のルールに大きく抵触してしまっている。

 しかも不幸にしてしまっている。

 バレなければいいのだが、かの伯爵令嬢が世を儚んで自殺でもしたら、調査されて絶対に因果関係が明るみに出てしまう。


「な、何とかあの伯爵令嬢を幸せにしないと!」


 加護を与えて小さきものを幸せにすることはいいこととされている。

 何故なら小さきものの神に対する信仰心が増す要因になるから。

 しかしドングリを転がして不幸にしたなんて知れたら……間違いなくクビになり、路頭に迷ってしまう。


 是が非でもユーリアを幸せにし、ドングリのミスを隠蔽しなければならない。

 神が小さきものに対してできるのは加護を与えることだけだ。


「あ、あの伯爵令嬢が幸せになる加護って何だ?」


 神が小さきものの事情心情をそう理解しているわけがなかった。

 友なる神にも相談できない。

 もう彼女を寝かせておくのも限界だ。

 ならば……。


「ユーリア・アインホルンさん。少々よろしいですか?」


 ユーリアの夢にお邪魔して、本人に直接聞いてみることにした。


「ううん、あっ、あなた様は?」

「神です」

「ええっ!」


 『神です』の前に『あなたの人生を台なしにした』が付くんです。

 ごめんなさい。


「よくお聞きください。あなたは足を滑らせて頭を打ち、気を失ってしまいました」

「そういえば……あっ! パーティーはどうなったのでしょう?」

「それが……あなたの欠席のせいで王家に怒られてしまい、ザイファート伯爵家の令息とは婚約破棄ということに……」

「ああ、何てこと!」


 ごめんなさいごめんなさい。

 私のせいなのです。


「や、やはり婚約破棄は悲しいですか?」

「それは……ショックではありますがさほどでも」

「そうなので?」

「領地が近いということだけで結ばれた縁です。アドルフ様はハンサムでもありませんし、どっちかというと嫌な男なので、婚約が壊れてラッキーという思いもあります」


 何だ、ちゃっかりしてる。

 これなら適当な加護を授けておけば勝手に幸せになりそう。


「……でも当然私の有責ですよね? 高額な慰謝料を請求されてしまうし、私も傷物でこの先ロクな嫁ぎ先がないでしょう。ああ、両親に迷惑をかけてしまいます。申し訳ないです」


 そうだ、金銭的損失や婚約破棄されて失った社会的地位はリカバーできない。

 わわわ私の有責なのです。

 困った、マジでクビになりそう。


「そそそこで運の悪いユーリアさんに加護を差し上げることになりました!」

「加護?……というと、神様にいただけるという超常の力ですか?」

「そこまで大層なものではありませんけれども」


 世の中を動かすことのできる『剣聖』とか『王者の風格』みたいな大層な加護もなくはない。

 でもスーパーレアです。

 私の手持ちにそんなすごいのはとてもとても。

 ユーリアに箱を差し出す。


「この中に手を突っ込み、一枚の札を掴んでください。二枚以上掴むと無効になりますから注意してくださいね」

「ええと、それがつまり私の加護になるのですね?」

「そういうことです」


 手持ちの加護じゃユーリアは幸せにならないと悟りました。

 だって『馬車事故に無縁』とか『カゼを引きにくい』とかなんだもん。

 役に立たないわけじゃないけど、幸せかって言われると違う。

 ランダムクジならすごい加護を引く可能性があります。

 くっだらないの引いちゃう可能性も高いけど。


「じゃあ、えいっ!」

「あっ、虹色の札!」


 しめた、レア加護です!

 ユーリアは自分の手で幸せを引き寄せたか?

 どんな加護だろう?


「ええと、『異界の知識』です」

「おめでとうございます! ユーリアさんの世界の人々が持っていない、異世界の知識をものにしたということです!」


 使い方次第では爆発的に役に立ちます。

 でも伯爵令嬢には正直微妙です。

 ここは持ち上げてユーリアのテンションを上げるべし!


「ありがとうございます! 早速調べたいことがあるので……」

「何でしょう?」

「私が転んだのって、木の実を踏みつけたからなんです。その実は取ってあると思いますから」


 ぎくっ!

 何を調べようっていうんだろう?


「私の運命を変えた木の実って、象徴的だと思いませんか?」

「ささささようで……」

「調べることで未来が開ける気がするんですよね」

「そそそそうですか」


 ただのドングリですよ?


「ではこれで私は失礼します。ユーリアさんの今後に幸あれ!」


 どうなんだろ?

 しばらくユーリアのことは注視しましょう。


          ◇


 王宮の一室。

 第二王子オスカーとその従者ローデリヒが話をしている。


「オスカー殿下、聞きましたか?」

「何をだ?」

「カブトムシのことです」

「ああ」


 もちろん知っている。

 最近王都でカブトムシが大ブームになっているのだ。

 アインホルン伯爵家領から大量に運び込まれたカブトムシが販売され、王都男児の間に瞬く間に広まった。

 こんなものに需要があったのかと正直驚いている。


「昨日アインホルン伯ペートルス殿と会う機会がありまして」

「お前は俺の護衛をサボってどこへ行ってるのかと思ったら」

「カブトムシの話を聞いてきたんですよ」


 ローデリヒは俺の乳兄弟で護衛騎士のクセに、行動が自由過ぎる。

 いいのか? それで。


「いいじゃないですか。殿下も聞きたいでしょ?」

「聞きたい」

「何とあのカブトムシを売るというアイデアは、ペートルス殿のものではないそうで」

「ほう? 部下が思い付いたのか。伯爵はよくあんな奇抜なアイデアを採用したな」

「ユーリア嬢の考えだそうですよ」

「え?」


 笑顔の可愛らしいユーリア・アインホルンは、王立学園の同級生だ。

 先日転んで脳震盪を起こし、寝込んでいる間にアドルフ・ザイファート伯爵令息から婚約破棄されたと聞いた。

 アドルフも婚約者を気遣うべきだろうに、気の毒な話だ。


「ユーリア嬢の成績がいいことは知ってるが……」

「そのユーリア嬢が婚約破棄されたのって、王家主催のパーティーをドタキャンして叱責されたからと言われていますが」

「らしいな。実際は警備との兼ね合いがあるから、急な欠席は早く届け出ろって注意しただけだと聞いた。語気が強めだったのだろうか?」

「いえ、それ多分ただの理由付けですよ」

「どういうことだ?」


 ローデリヒが口元を歪める。

 コイツがこういう表情をした時は、大概醜い内訳があるのだ。


「アドルフ様とガリーナ嬢が急接近しているようなんです」

「ガリーナってあれか。尻軽ピンクブロンド」

「ひどい言いようですね」


 ローデリヒは苦笑する。

 しかしガリーナ・ゾルゲと言えばたかが男爵令嬢でありながら、俺でも知ってる有名人だ。

 その庇護欲をそそる容姿と目立つ珍しい髪色でメチャクチャモテる。

 俺でさえクラッといきそうになったもん。

 魔性の女と言われているが、まさにそう。


「あの尻軽がアドルフに狙いを定めたのか?」

「ぶっちゃけそういうことですね。ゾルゲ男爵家の意向かもしれません」


 ゾルゲ家は田舎男爵だ。

 羽振りがいいとも思えん。

 隣領のザイファート伯爵家に頼る意図があったと考えるべきか。

 誑かされるアドルフもいい加減だが。


「婚約者がいなくなって傷心のアドルフ様をガリーナ嬢が慰めるというシナリオでしょうけど、婚約破棄前からの付き合いですよ」

「お前よく知ってるな?」


 このゴシップ好きが。

 ともかくアドルフと尻軽がくっつくからユーリア嬢が弾き出される。

 先日のパーティードタキャンは、ユーリア嬢を有責にする絶好の機会になってしまったということか。

 気の毒なことだな。


「アドルフと尻軽のことはいい。虫を売る、なんてのがユーリア嬢のアイデアなのか?」

「ええ。面白いですよね」

「ちょっと考えられないな」

「婚約破棄の慰謝料を稼がなければならないと一念発起したそうで」


 うわ、聞くんじゃなかった。

 可哀そうな話は好きじゃないのだ。

 必死なあまり突飛な発想に至ったのだったら泣けてしまうわ。


「いや、面白いのはここからなんです」

「どう面白いんだ? 今まで笑えるポイントがないんだが」

「そういう面白さじゃないんですけどね……。ペートルス殿がここだけの話として教えてくれたんですが、ユーリア嬢は頭を打って神の加護を得たそうで」

「何だと?」


 珍しい話ではない。

 神の加護は五〇人に一人くらいは得るという特殊な力だ。

 しかしほとんどが愚にもつかぬ力だという。

 伯爵がここだけの話としたなら、結構な効果の加護なのか?


「加護の内容は聞いたか?」

「『異界の知識』というものだそうで」

「ほう?」

「つまり異世界の文明の知識を得たということなのですな」

「……ということは、カブトムシを売るというのも異界の発想なのか」

「さようです」


 すごいようなすごくないような。

 それはともかく……。


「伯爵がお前に加護について語ったということは、何か交換条件があるんだろう?」

「さすがはオスカー殿下。実はペートルス殿は信頼できる出資者を探しているそうで」

「出資者? 金になるような異世界の知識がまだまだあるということか」

「ということのようです。面白いでしょう?」


 確かに面白い。

 第二王子というスペアの身の俺が存在感を発揮するために、金儲けは一つの手だ。

 しかしある程度中身を明かしてもらわないと話にならんな。


「見舞いを兼ねてユーリア嬢に会いに行くか」

「殿下はユーリア嬢みたいな女性って、結構タイプですよね?」

「まあな。彼女がフリーになったのも何かの縁かもしれぬ。アポを取れ」


          ◇


「ドングリ?」

「ええ、ドングリです」


 アインホルン伯爵家邸を訪れた。

 学校にも出席しているからわかってはいたが、ユーリア嬢元気じゃないか。

 婚約破棄されて気落ちしている気配が見えない。


「これ、私が踏んで転んだドングリなんです」


 ローデリヒと顔を見合わせる。

 今後の戒めのために持っているということだろうか。

 そんな話をしに来たんじゃないんだが。


「……ユーリア嬢は『異界の知識』という加護を得たと伯爵から聞いた」


 あまり大声で言うべき個人情報じゃない。

 が、話の方向を変えるだけのインパクトはあるあろう。

 ユーリア嬢がニッコリする。


「ええ、そうなんです。その『異界の知識』でドングリを調べましてね」

「ふむ?」

「うちの伯爵領に多い木なのです。樹液にカブトムシなどの虫が集まりやすいと知りました」

「ああ、そのカブトムシを販売した結果があの大ヒットか」


 なるほど、商売の話と繋がってきた。


「カブトムシを売るというのも、『異界の知識』で得たアイデアか?」

「そうです。飼育法もわかります。売り物にならない雌のカブトムシを大量にキープしてありましてね。来年以降は飼育ものを安定供給する所存です」


 飼育か。

 そうなると確かに出資して欲しくなるかもしれない。

 おそらくカブトムシは一過性のブームに終わらない。

 だって男子なら欲しくなるものな。

 出資の価値ありと見た。


「ユーリア嬢か伯爵かはわからぬが、出資を求めていると聞いた」

「はい。このドングリの木が大変有用なのです。様々な用途があります」

「む? カブトムシを大量生産するから出資せよという話ではないのか?」

「王都の人口は決まっております。カブトムシは大量に生産すればそれだけ売れるというものではありませんので、ほどほどです」


 購買層が決まっているということか。

 それもそうだ。


「つまりそのドングリの木を、『異界の知識』で多角的に利用するということか」

「さようです。もちろん『異界の知識』による商売ネタは、ドングリの木だけに留まりません。しかし王都に近いというアインホルン伯爵家領の利点を生かすために、まずドングリの木の利用を最優先にしたいと考えたのでございます」


 まずカブトムシ販売のヒットを見せ付けた。

 そしてドングリの木事業の多角化が成功すれば、それ以外の商売ネタも披露するということか。

 ローデリヒが口を挟む。


「……伯爵領で行われている木工は、ドングリの木が多いのではないでしたっけ?」

「その通りです」

「ほう?」


 ローデリヒはおかしなことを知っているなあ。

 要するにアインホルン伯爵家領には元々ドングリの木を使うノウハウがあって、それを『異界の知識』で拡張するということか。

 考え方としては成功率が高そうだ。


「ドングリの木の利用には他にどんなものがあるのだ?」

「試作品ですが、これを」

「布?」

「樹皮を利用した染物にございます」

「染色法か」


 派手さのない黄緑と黒褐色か。

 落ち着いたいい色ではないか。

 令嬢の好む色ではないだろうが、男向きなのではないか?

 需要は多いと思われる。


「もう一つ有力なのはこれですね」

「古い……材木か?」

「そうですね。これには食用キノコの素を植えつけてあります。収穫まで一年はかかりますが」

「キノコの栽培か!」


 食用キノコの栽培が可能だとは。

 これも大いに需要が期待できる。


「カブトムシの飼育は木工職人の片手間でも可能なのです。しかし染物職人とキノコ農家の育成はそうはまいりませず」

「そこに出資せいということか」

「仰せの通りにございます」

「よし、染物に出資しようではないか。キノコは実際に生えるところを見てからだな」

「はい、ありがとうございます」

「言いにくいことやもしれぬが……」


 聞いておかねばならぬ。


「ユーリア嬢は何故商売に精を出す?」

「私事ながら、婚約破棄の慰謝料を払わねばならぬということがありまして」


 先ほどのドングリを弄びながら言う。


「と言いますか、私がこのタイミングで『異界の知識』の加護を得たのは啓示だと思うのです」

「啓示とな?」

「はい。結婚は諦め、『異界の知識』を活用して豊かで強い社会を作れと。ドングリの実は飢饉の際の救荒食にも使えます。商業だけでなく、そういった方向にも指導していきたいと考えているのです」

「ユーリア嬢は立派だな」

「でも結婚を諦める必要はないんじゃないですか?」

「そう仰いましても、私は婚約破棄された傷物ですから」

「殿下はユーリア嬢のことが好きなんですよ。昔から」

「おいこら」


 何なのだローデリヒのやつ。

 駆け引きも何もあったものじゃない。

 ほら見ろ、ユーリア嬢がポカンとしているではないか。

 えっ? ここは押せって?


「ユーリア嬢。ローデリヒの言ったことは本当だ。俺は昔から君のことを好ましく思っていた。しかしずっとアドルフの婚約者だったろう?」

「え? ええ、まあ……」

「せっかく邪魔者がいなくなったのだ。俺と婚約してもらえぬだろうか? 第二王子と加護持ちの伯爵令嬢、釣り合いは取れていると思うが」


 俺は割と気楽なスペアの身の上なので、相手は自分で選んでいいと言われている。

 もちろん誰を選ぶかで俺の器量を測られているわけだが。


「い、いけません。私のような傷物が婚約者では、オスカー殿下が笑い者になってしまいます」

「ユーリア嬢は俺が嫌か?」

「い、いえいえそんなことは……」

「では決まりだな」

「ユーリア嬢。殿下は出資するあなたの事業を近くで監視したいという思惑もあるのです。断れませんよ」

「そ、そうですか」


 べつにユーリア嬢の事業を監視したいなんて考えてないけどな。

 近くでユーリア嬢を眺めていたいとは思うが。


「で、では私などでよければ、よろしくお願いいたします」

「ユーリア嬢だからいいのだ」


 ハハッ、ユーリア嬢も赤い顔をして頷いている。

 よし、交渉は成立だ。


「では次は婚約の書類を持って、伯爵夫妻に挨拶させていただこう」

「支度金代わりに慰謝料の請求を諦めるよう、ザイファート伯爵家へ言っておきますからね」

「えっ? そんな……」

「任せておけ。さらばだ」


 ローデリヒが悪い顔をしている。

 アドルフとガリーナ嬢の交際について証拠が集まっていて、それを基に脅しをかけるのだろうな。

 どうしてコイツは陰険なことが好きなのだろう?


          ◇


「こんばんは。オスカー第二王子殿下で間違いありませんか?」

「む、オスカーに間違いないが、何者だ」


 気持ちよく寝ていたのに何だ?


「夢の中にお邪魔しています。神です」

「神?」


 珍客だな。

 いや、単に夢なのかもしれないが。


「夢なら夢と思っていただいても構いません。私、ユーリア・アインホルンさんに『異界の知識』を授けた神でして」

「それが俺に何の用だ?」

「実はユーリアさんに加護を授けたのには理由があるんです。これ、ユーリアさんにも言ってないことなんですけれども、婚約者様には承知しておいていただきたく思いまして」

「ほう?」


 何故ユーリア本人にも話さないことを俺に話そうとするのだろうな。

 興味はある。


「実は……」


 説明を聞く。

 はあ? 神が落としたドングリのせいでユーリアが転んで婚約破棄された?

 神は基本的に下界のことに干渉できないのに、自分の責任でユーリアが不幸になったことが知れると厳罰になりそうだから、慌てて加護を付与した?

 呆れた事情だな。


「世の中にいる加護持ちの人間とは、皆神の失策の免罪符を持たされているということか?」

「い、いやそんなことはありません」


 何故目を逸らす?

 そういうケースも多いのだな?


「ユーリアの不幸はその方のせいではないか」

「そんなことはありませんよ。ユーリアさんとアドルフ・ザイファートの婚約が続いていたとします。ユーリアさんは幸せだったと思いますか?」

「む……」


 アドルフも独善的なやつだからな。

 そのまま婚約者だったとしても、ユーリアが幸せになれたとは思えん。

 尻軽ピンクブロンドとの仲が続けば、もっととんでもない理由で婚約破棄されていた可能性もある。


「それにオスカーさんがユーリアさんと婚約できたのは私のおかげではないですか。しかもユーリアさんが素敵な加護を持っているのも私のおかげ。ほら、私は悪くない!」

「しかし下界に干渉すること自体がよろしくないのだろう?」

「まあそうなんですけれども、神に対する信仰心維持の関係でハッピーならば許される風潮がありまして」

「つまりこのカラクリを話すことで、俺を共犯者に仕立てようというのだな?」

「き、共犯者だなんて! ユーリアさんを幸せにできるか否かはオスカーさんにかかっているので、よろしく頼みますと言いに来ただけですよ」

「わかった」

「へ?」


 神のクセに間抜け面を晒すな。


「ユーリアを幸せにすることに関しては何の異存もない。ユーリアが俺の元に転がり込んできたのもその方の働きによるとも言える。協力しようではないか」

「あ、ありがとうございます!」

「しかしこれ、本当なのだろうな? 俺の夢ではなく」

「本当ですよ。何なら証拠としてドングリを一個差し上げます。朝起きた時にドングリを握っていれば真実だと確信できるでしょう?」

「うむ、そうだな」

「ではくれぐれもよろしくお願いします」


 翌朝起きた時、右手にしっかりドングリを握っていた。

 あれは本当だったのか。

 おかしな偶然で可愛くて優秀なユーリアを婚約者にできたということだ。

 俺はツイている。


          ◇


 ――――――――――三年後。


 ユーリアの新規事業が次々と脚光を浴びている。

 最近ではアインホルン家が絡んでいるというだけで注目されるくらいだ。


 一方でザイファート伯爵家は経営破綻した。

 元々領運営が傾き加減だったところへアインホルン伯爵家からの慰謝料が入らず、尚且つガリーナの実家ゾルゲ男爵家を抱え込もうとしたことに遠因がある。


 直接的な原因としては、アインホルン伯爵家のマネをしてドングリの木事業に手を出したことにあった。

 領地の王都からの距離は、アインホルン伯爵家と似たようなものだ。

 当然成功が見込まれたが、所詮『異界の知識』なしの素人事業。

 染物もキノコも質の悪い偽物扱いされ、借金が急拡大して命運が尽きた。

 ゾルゲ男爵家もまたザイファート伯爵家と運命をともにした。


 オスカーとユーリアは結婚し、オスカーはアインホルン新公爵となった。

 新公爵領は旧アインホルン伯爵家領に加えザイファート伯爵家領ゾルゲ男爵家領を併せたものであったから、実質アインホルン伯爵家が公爵に昇爵したようなものだと人は噂した。


「どうだ?」

「素敵ですわ」


 オスカーがユーリアに見せる。

 新公爵家の紋の図案ができ上がってきたのだ。

 王家とアインホルン伯爵家の紋を合わせ、二つのドングリをあしらったものだ。


「何故ドングリが二つなんですの?」

「俺のドングリとユーリアのドングリだな」

「オスカー様のドングリ?」

「実は俺の夢の中にも、ユーリアに加護を授けた神が現れたことがあるのだ」

「えっ、そうなんですか?」

「うむ。その証拠にドングリを寄越した。ほら」

「あら、オスカー様も持ち歩いていらっしゃるのですね」


 何となくお守り袋に入れ持ち歩いている。

 ユーリアを手に入れることのできた縁起物であるから。


「俺は神に宣言したのだ。ユーリアを幸せにすると」

「まあ」


 頬を赤らめるユーリア。

 神のやつもユーリアが幸せにならないと困るらしいからな。

 もっとも俺は神に言われたからユーリアに尽くすわけじゃないが。


「体調はどうだ?」

「全然問題ありませんよ」


 ユーリアは旧ザイファート伯爵家領と旧ゾルゲ男爵家領で産業を起こそうとしている。

 最近夜遅くまで調べごとをしているようなのだ。


「複合型リゾート施設が有望ですね」

「複合型リゾート施設?」

「ええ。王都から近いという地の利を生かしましょう。美しい滝と渓谷、奇岩を結んだ散策路を作ります。ゆったりできる宿泊施設とおいしい食事処、郷土画家の美術館、溜池を利用した釣り堀と貸しボートくらいから始めて、徐々に施設を充実させていけばいいと思います」


 山がちで農業にはあまり向かない地であるから、ユーリアがどう工夫しようとするのか、実は俺も注目していた。

 観光を軸に人を呼び込むつもりらしい。

 このアイデアも『異界の知識』の恩恵か。

 大したものだ。


「俺はユーリアを尊敬している」

「そ、そんな……」

「ユーリアが妻で嬉しい」

「……私もオスカー様が夫で嬉しいです」

「そうか、気が合うな」

「はい」


 ユーリアを抱きしめる。

 神よ見ているか?

 ドングリが育んだ愛だ。

 少なくとも俺は幸せだと断言できる。

 そしてユーリアも幸せであると信じているぞ。

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婚約破棄の原因のドングリは、新たな良縁を導きました uribou @asobigokoro

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