月の雫

茉莉花

第一章ーーーはじまりーーー



紅い月を見たのは初めてだったーー


まがまがしく紅く光るそれは、いつもより大きくて不気味になまでに綺麗だった。


「吸い込まれそう」


須藤明凜(すどう あかり)は学校の部活の帰り道、不意に立ちよった公園の高台から動けなくなっていた。


「綺麗だけど、少し怖い。でもなんだか懐かしい気もする‥‥何でだろう?」


サァ‥

突風が明凜の長い黒髪を激しく踊らせる


思わず目をつむる


「痛! 目にごみが‥」


しばらく目が開けられなかった


長い睫毛が涙でうっすら濡れていた


1分ほど目を開けられなかっただろうか。


目を開けるより前に、お香のような香りに気がつく


(なに?この香り‥‥いい匂い)


香水とはまた違う。柔らかだが周りの空気を一変させるような甘い甘い香りが辺りに立ち込めている


(お花の蜜のような香り)


ゴシゴシと目を擦りようやくゴミが取れた


「あー、痛かった。うわ、睫毛何本か抜けてる」


大事に伸ばしてきた睫毛が数本指についていた。


「バサバサ睫毛がチャームポイントな、の、に‥」


ふと視線を感じて目先を指から視線のする方へ向ける


知らないおじさんたちがぐるりと自分を取り囲んでいたーー


「おお!本当に現れた!朱雀の花嫁だ!!間違いない!」


見しらぬおじさんが声をあげるや否や周りのおじさんたちが唸りをあげる


「うぉおーー!世は安泰だ!これでこの国の未来は約束された!!」


高らかに腕をあげ歓喜の声を叫ぶ


「なに?!誰?!ていうかここ、何処?!」


良く見るとおじさん達の服装は自分のものとは全く違う。まるで中国の歴史上の人物のような服装だ。


「なになに?!三國志のコスプレイヤー?!」


頭がパニックである。

それもそのはず、さっきまで公園で月を眺めていたのに全く見知らぬ人たちに囲まれて、状況が一切読めないのだから。


ひとりあたふたしている明凜の前がパッと開けたー


しんっ‥‥とあたりは静まり返る



「す、朱雀様!」


おじさん達は頭をたれ、跪く


明凜の目の前には朱雀と呼ばれる男が立っていた


深紅の薄手の羽織を肩からかけている


綺麗な金の刺繍がほどこされており高貴な位な者だとすぐわかる


艶やかな長い長い黒髪


整った鼻筋


少し焼けた肌


何より切れ長な瞳の色が‥


あの紅い月と同じだったーーー


「ようやく現れたか」


くいっと明凜の顎をつかまれ、まじまじと見つめられる


近くで見るイケメンに目を逸らすこともできない


吸い込まれそうな紅い瞳に意識を奪われそうになる、が‥‥


「あ、あんた誰!ていうか勝手に触らないでよ!」


見ず知らずの男に勝手に触られるわけにはいかない。

顎に触れている手を払ったーー


その様子を見た朱雀と呼ばれる男はニヤリと笑った


「素質を持ち合わせているな。こちらと言葉が通じ合っている」


「へ?」


(この人日本人じゃない?コスプレイヤーの集団でもない?)


ますます理解ができない


「お前は朱雀の花嫁として私に召還された。

残念だが、お前の前いた世界とはさよならだ。」


満面の笑みで明凜にほほ笑みかける

瞳は笑っていないがーー


「皆のもの!花嫁がここに召還された!この国は安泰である!安心せよ!」


そう言うと同時に明凜をお姫様抱っこをした 


「うぉおおおおーーー!朱雀様ーーー!」


おじさん達はまた雄叫びをあげる


「悪いが花嫁と私はここで退散する。花嫁には色々してもらうことがあるからな。」


お姫様抱っこされたまま明凜は大きな屋敷に連れていかれる


歓声とともに歩いていく道に人々がいるが皆が道をあけてくれる


中にはひざまづき拝む者もいる


明凜の目に映るすべてが自分の知らないものに見えた


コンクリートとは違う石畳の広い道


歴史の教科書で見たような中国風な建物


現代のものとは全く違う


もう何がなんだか良くわからない。


なぜ自分が花嫁と呼ばれるのか


自分を抱き上げているこの男は誰なのか


そもそもここは何処なのかーーー




歩きを進めるにつれ、人々の姿はなくなっていった


この大きな屋敷には普通の人は入れないのか、辺りは静かだ


考え込んでいる明凜の表情に気づいたのか朱雀が口を開いた


「心配するな。食事や住むところはちゃんと用意してやる。」


落ち着いた声で言われると、途端に緊張がとけてぼろぼろと涙が溢れる


「‥ひっく‥‥あんた‥‥誰なの?」


精一杯の強がりを見せた


緊張と不安、心細さと頼るところがない、弱みを見せたくないーーー


朱雀は全てを悟ったかのような、優しい表情を浮かべた


切れ長の瞳が細くなる




「俺の名は紅玉(こうぎょく) お前の夫になる男だ。‥‥‥俺が絶対に守る。もう泣くな。」


最初出会った時と同じように顎をもち上げれる


そっと、口づけされたーーー



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