第2話
白樺の群生地はかなり寒かった。
リモーネはここまで寒いと思っていなかったので、少し震えている。
カテン侍従が、
「この白樺のオイルは火にあてるととても良い香りがするのですよ」
少し焚火の上にシュッとかけてみる。
ふわあっと木の皮の良い香りが漂う。
いっしょにきた兵達も皆、鼻をクンクンさせて笑顔になっている。
「いい香りですね!来て良かったですわ!」
「そうか?それは良かった!」
俺の手柄のようにふるまっているが、オイルを撒いたのは侍従である。
けっ!ふざけるな、という顔をカテン侍従はした。
リモーネは目くばせをする。
うなずく、侍従と護衛のフリーズ。
背中を焚火にあたりながら、リモーネは林を指差しながら話をする。
「カーム様、この白樺はここだけですの?」
「ああ、今の所はな」
「向こうの荒野は広げられないのですか?」
「どうだろうな。難しいかもな。なぜだ?」
「いえ、こんなに素敵なオイル、少ししか取れないと言う話でしたから、白樺林を増やしたらたくさん撮れるのかなと思いまして」
「気に入ったのか?このオイル」
「ええ、とっても。ですからたくさんあったら嬉しいなと思いました。無理なら仕方ないですね」
「いいや、そのくらい開拓してみせる!見ててくれリモーネ!君のために、白樺林を広げよう!」
「まあ、素敵、さすがカーム様ですね!燃えていらっしゃるのですね!凄いですわ!」
「おお、体が熱いぞ!」
「カーム様がやる気に満ち溢れているのですよ!とても凄いですわ!」
「何か、何でもできそうだ!見ててくれ、リモーネ!君のためにこの荒野を切り開くよ!」
ぷぷっ。
ばーか、本当に背中が燃えているのに、気が付かないって本当にバカなのね?
焚火越しに、フリーズが魔法でこっそりセーターに火をつけたのだ。
背中中に広がるまで、カテン侍従が周りの目を他へ誘導していた。
だから、手遅れになる寸前まで誰も気が付かなかった。
「王子!燃えています!」
「ああ、俺は今、最高に熱い!」
当たり前だ!
カテンではない、お付きの侍従が、慌てて服をはたいて消そうとしているが、なかなか消えない。
わあわあとお付きのものや兵士や森の管理人が騒ぎたて、事が大きくなってきた。
だが、中々背中の火が消えない。
そりゃあそうよ、ケープ領の羊の毛糸ですもの。
油をたくさん含んだままの毛糸をわざとセーターにしましたから。
体に張り付いて、大変ですわね。
がんばって消してくださいな。
ほらほら、はいたいたら余計に燃えますよ?
脱げたらいいのにね。
無理でしょ。
あらあら、地面に転がって消すの?
どろんこですわね。
母国の旗印が泥まみれですわ!
「リモーネ様は危ないので、お戻りを!」
周りの声に押され、馬車でケープ屋敷に向かった。
その馬車の中に、父親のヴェルガーが隠れていた。
「心配でな、ついてきちゃったよ」
「お父様、笑うなら、お屋敷に帰ってから笑ってくださいな?」
「だって…お前…」
ぷぷぷと我慢してはいたのだが、押さえられなかったようだ。
うわははは!!とヴェルガーは帰り道の馬車の中で大声で笑った。
「バカだ、あいつは!」
「だから言っておりますでしょ?無能だって」
「俺は最高に熱い!とか言っているんだぞ?背中が火の海なんだもの当たり前だよ!あはは!」
「髪の毛が燃えた嫌なニオイしかしませんわ。本当に不愉快な男!」
「本当だ!しかし、あんな男とは思わなかったな。セレーサは婚約解消して良かった!」
「私が今度付きまとわれておりますのに!」
「でもお前は、楽しんでいないか?」
ふふっとリモーネは笑った。
「そりゃあ、黒海の牙と異名を持つ父上の娘ですもの?」
「婚約者どのは、きっと大やけどをされただろうから、特性の塗り薬でも送っておくといい。いや、体を温める、特製の
笑いすぎて涙目の父親の提案に、ぶーっ!とリモーネは笑った。
そうしましょう!海の国の
そして、大やけどを負ったカームの元へ、贈り物が届く。
「ああ、優しいな。火傷跡に良く効く風呂に入れる薬か。なるほど、もう少しして風呂に入れるようになったらいれてみよう」
体が動かせるようになったカームは、さっそく優しい婚約者のリモーネから送られた、入浴剤を入れた風呂を作らせた。
私の代わりにカーム様を温められるように、と書かれていた。
「いいな、そそられる内容だ!」
おえーと思いながら、リモーネは書いていた。
「うん、薬草の匂いだな」
「優しいですな、リモーネ様は」
「うむ、無表情のセレーサとは大違いだ!」
そう言って、湯に体を勢いよく沈めた。
城中にカームの悲鳴が響いたのは当たり前である。
火傷が治りきらないのに、高濃度の塩水に体を浸したのだ。
真水で洗いなおしても、皮膚が塩で焼けた痛みはしばらくは治らない。
寝返りも打てず、少し動くと雷に打たれたかのように背中が痛む。
カームはうつぶせのまま何日も熱い体にうなされた。
カテン侍従から悲鳴が10日間ほど続いたことを秘密の手紙で教えてもらったリモーネとヴェルガーは、屋敷で大爆笑をした。
「わ、笑い死にしてしまう!あの男、何も疑わないんだな?」
「あははっ!あたたまったかしらね?!父上、あんなのが国王になるって怖いですね」
「まったくだ!陛下はそろそろ帰国されるはずだ。さあ、どうなるかな?」
国王陛下が諸国外交から帰ってきた翌日、ケープ領の2人に呼び出しがきた。
本当は、姉上にも城へ来るようにいわれていたが、さすがに無理だという事で、ヴェルガーとリモーネのみである。
「長女セレーサとの婚約破棄はしかと承りました。また次女のリモーネは、現在ラント殿との婚約を交わしております。その解消ができ次第ということになります」
「うるさい!早く、城に上がって来い、リモーネ!この前は毒のような入浴剤を送ってきて!」
「まあ、もしかしてカーム様、火傷が治らないうちにお入りになったのですか?あれは、
「う、うむ…」
聞いていたが早く感想を言いたくて傷が治る前に自分で入ったのだ。
もちろんスパイのカテン侍従がそう仕向けて、そそのかしたのだが。
「カーム、お前が悪い」
「っ!父上!」
「黙れ、女性の髪の毛を剣で、それも皆の前で切るなど、侮辱行為も
もっと言ってください!陛下!
わくわくしながら、リモーネはひざまづいていた。
ふと、殺意をおびた視線があるのに気が付いた。
顔を下げたまま、その方向を見ると、黒髪の騎士団の制服を着ている男性に目が留まった。
この人、あの夜の!
カーム様を憎んでいらっしゃる目だ。
間違いない、月明かりの夜に姉上様をなぐさめて抱きしめていた人。
そうだ、思い出した!
陛下の15才年下の弟君、アラミス殿下だ。
え、姉上様はアラミス様がお好きだったの?!
確か近衛兵の団長をされていて。
陛下と共に外交に行っていたはず…
じゃあ、馬を飛ばして姉上様のために、あの夜だけお戻りに?
『……!』
リモーネは、アラミス殿下の心境を思うと涙が出そうだった。
きっと一報が入ったと同時に馬を飛ばし、駆けつけたに違いない。
姉上様をなぐさめて、そしてまた陛下に付き添いに戻られた…
斬り殺したいだろうな。カーム様を。
ご安心くださいませ、そのお役目、私が承ります!
「大体父上、髪の毛を切られたくらいで病気になって修道院にこもるなど、心が弱すぎます。元気な俺とは元々合わなかったんですよ。その点リモーネは丈夫そうだから安心だ。なあ?」
陛下のあきれ顔を見ても平気だ、このバカ王子。
父上の殺意がわからないのだろうか?
アラミス殿下の手は剣を抜くのを我慢しているのが見えないんだろうか?
私をギリギリ侮辱寸前は許されると思っているのか?
お前はそんなに高潔な人間か?
この王子はこの婚約破棄騒動の他にも色々とやらかしている。
取り巻きの貴族の坊ちゃんたちから誘われて怪しげなものを吸って奇声をあげるのはしょっちゅう。
すごい時は、素っ裸のまま馬に乗って街中を走り回ったり。そして覚えていない。
宝石を誰彼構わずばら撒き、自分の地位を誇示しようとしたり。
おもえば、姉上とカーム王子の婚約は、カーム王子が姉上を園遊会で一目ぼれしたことによるものだ。
姉上に好きな人がいて、父上が断りに断りを重ねてもしつこく婚約しろとせまってきた。
挙句の果てに未来の国王に逆らうのかと言ってきた。
その時の父上のお怒りは凄まじいものだった。
『臣下に自分の欲望を押し付ける者は上に立つ資格がない!』
国王陛下に直談判したらしい。
国王は、バカ息子のしたことをよくよく知っていて、申しわけないと言われたらしい。
きっとすぐに飽きるだろうから、形だけ婚約ということになっていた。
いつでも解消しても大丈夫なように、手出しはさせないようにして。
だが、このたびの解消の仕方は許されるものではない。
言葉で言えば終わる所を、みんながいる前で髪の毛を切り落とすという侮辱行為だ。
それも国王に断らず勝手に解消、そして私に乗り換えだ。
ちなみに、まだ書類は作成されていない。
私は、ボスコ領のラント様の婚約者のままだ。
「では、カーム様、我がケープ領で療養ください。海の幸が豊富でございます。波の穏やかな時に船で海に繰り出せば、きっとお気持ちもやすらぎます。姉上様は領地はずれの修道院に入っておりますから会うこともございません」
ニコニコしながら、リモーネはカームを誘った。
「う、うーん」
あまり気乗りしないようだった。
父上は、スパイのカテン侍従に目くばせする。
「王子、海風は気持ちよさそうですよ。それに婚約者のリモーネ様のご領地を見聞されるのも有意義な時間かと思われます」
「ああ、そうか。そうだな。じゃあしばらく滞在してもよいだろうか?」
素晴らしい!カテン侍従!
リモーネはこころの中で賛辞を送った。
お前の墓場はケープ領だ!
二度とこの王城に戻ってこられないと思え!
そう思って親子そろって陛下のお顔を見つめた。
父上の殺気はとめられない。
そうだろうな、仕方ないとばかり、陛下は肩でため息をついておられた。
少し顔を上げていたリモーネは、アラミス殿下と目が合った。
にやっとリモーネは笑い、意味ありげに軽く2回うなずき、ゆっくりとまばたきをした。
『!』
少し驚いたようだが、恐らく意図は伝わったと思われる。
アラミス殿下は、そっと腰の剣に触れた。
『後は頼む』
『承りました』
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