姉妹で婚約破棄と乗り換えっておかしくないですか?腐れ王子に魔法を使って残酷に仕返しをしてもいいですか?

しゃち子

第1話

「え?今、何と?」

「だから、お前とは結婚しない!この冷たい女セレーサ!俺はリモーネと結婚する!」

ざわめきで王城が壊れるかと思いました!

人の息って凄いんですのね?

いやいや、感心している場合ではございませんわ!


お姉様と婚約破棄して、私と結婚するですって?


頭の中には、大好きなゆで卵しか入っていないんじゃないの?

塩かけてあげましょうか?

ああ、一国の王子に申し訳ないわ。


ここはミスト国。

海と山に囲まれた自然豊かな国。

そして、王城で大きな声で怒っているのが、この国の第一王子、カーム。

無風と言う意味を持つらしい。名前の通り風車も回せぬ役立たずだ。

ああ、いけない、つい本音が駄々もれてしまいました。


そして、正反対のことを言われたこの姉妹は、ケープ領の姉妹。

実は、妹のリモーネはお隣のボスコ領の第二王子ラントと婚約が決まっている。

領と言っても、ほとんど国だ。

ミスト王国は、いくつかの領をまとめている中央国だ。

このようなバカな王子がいても国としてなりたっていられるのは、ミスト王国にある山からは宝石の原石が出てくるためだ。

対して穀倉地帯のケープ領は自然豊かで海にも面している。

山側をボスコ領が、海側をケープ領が治めている。


まあ、ラント様ともかなり仲がいいので、離れたくないし。

そして、海の辺境伯と呼ばれる父上は、かなり恐ろしい。

たくさんの船を持っていて、船の操作と剣の達人だ。

やっていることは、海賊ギリギリな感じ。

いや、ほとんど海ぞ…やめておこう。私も命が惜しい。


そんな色々な国の背景もあっての姉上との婚約を解消して(それも国王に相談せず勝手に)私と婚約したいなんて、おバカ発言もいい所。

きっと父上に生きながらじわじわと切り殺されていくだろう。


「セレーサ!お前は修道女になれ!」

はっ!と気が付いた。

そんな回想をしている場合ではない。

今夜は、国王陛下が外遊をなさっている間になぜか急に行われた夜会だ。

各領のトップが集まっている。


そんな中、頭がおかしい王子は、姉上の名前を呼んで、髪の毛をつかんだ。

そして、大広間の真ん前で、自分の剣を抜き、ざっくりと切り取ってしまった。

やめてください!という姉上の声も聞かずに。

女性たちから悲鳴があがる。

またどよめきが広間を覆った。

「姉上っ!」

走り寄って座り込む姉の体を抱きしめた。

流れるように美しい姉上の髪の毛が見るも無残な形にされている。

床にパラパラと落ちる絹糸のような金色の髪。


私は。

初めて。

初めて人を殺してやりたいと思った。


なぜ私の手に剣がないんだろう!

この男、殺す!


「なんてことを!」

王子の側近ですら眉間にしわをよせた。

広間に集まった貴族たちは、口々に非難している。

「ここまでやることはないかと思います!」

「うるさいな、誰かこの者を修道院に連れて行ってくれ!」

誰も兵は動かない。

当たり前だ。

みんなの前で、女性の髪の毛を切り落とすなんていう残酷な罰をしたのだ。

それもお前が罰をくだすのか?

そんなに偉い男か?


リモーネの体が怒りで熱くなった。

握りこぶしがギリギリとうなる。

「…ダメよ、逆らったら余計酷い事になるから」

「姉様…」

「カーム様、ではお暇をいただきますわ。みなさまごきげんよう」

とても美しいお辞儀をして広間を下がった。


崩れるように馬車に乗り込んだ。

急いで王国内にあるケープ領の屋敷に戻る。

姉の姿を見て、侍女たちの悲鳴があがった。

父上は、国王陛下と共に隣の国へ外交訪問している。

こんな時に!

いや、こんな時だから、あのバカ王子は私に乗り換えようとしたんだ。

私が風と土の属性を持っている魔法を使える貴族だから。

姉上様は、魔法を使えない。

ちなみに父上は水と風の魔法が使える。


屋敷の使用人に言って、服を着替え、きれいなストールをみつけ、姉上に頭からかける。

「姉様、父上にすぐに早馬を出しましたから!」

「いいのよ、カーム様は最初から気に入らなかったのよ」

「様、なんていりません。奴でじゅうぶんです。気に入らなければ、普通に婚約を解消すればよいだけのこと。ここまでやる意味がわかりませんわ。今度、私があの男の髪の毛をむしり取ってやります!」

落ち着くハーブティーを持ってこさせた。

すぐにでもケープ領に戻りたい!

でも父上を待たなければ。

国王不在の時に、こんなことが起きるとなると、父上にもとばっちりが行くかもしれない。

ああ、早く帰ってきてください!



次の日は、月明かりの夜だった。

姉上様が心配で部屋までいったが、ドアの隙間から風がきていることにきづいた。

テラスを開けている?

庭にそっとまわってみた。

姉上様のテラスにも明るい月の光が差し込んでいる。

ランプがなくても見えるくらいの明るさだ。

人影が見えた。


誰?このかたは?

騎士の格好…

姉上を抱きしめていた。

いいえ、姉上もまたこの男性を抱きしめていらっしゃる。

ああ、泣いている姉上をなぐさめている。

良かった、涙を拭いてくれる方が姉上にいらしたのですね。


じゃあ。

じゃあ、いいですね?

私があの男をいただいても?

リモーネはにやりと笑った。

部屋に急いで戻り、今度はラント様宛に早馬を出す。



事件から丸2日後、父上は戻っていらした。

国王陛下は今度は、ラント様のお父様ボスコ領、領主様と共に外交を続けられている。

事の次第を伝える。

早馬で多少は知っていたようだが、姉上の姿を見て、父上から静かに殺意がもれていた。

髪の毛が元の長さ形になるまで何年かかるんだろう?

それほどに短く刈り取られていた。

それも一部分だけ、といういびつさ。

部屋の空気がぴりぴりと怒っている。


「父上、姉上様はお好きな方がいらっしゃいます」

「…知っている」

「お相手がどなたかもご存じなのですね?」

「ああ」

それ以上は何もお互いに言わなかった。

姉上様を修道女にするつもりはないんだ。良かった。

「父上、しばらく目をつぶっていただけませんか?」

「…一人では難しいぞ?」

「もちろん、みんなの手をお借りしたいのです。ですが、父上を巻き込むわけにはいきません」

「わかった。念のため、フリーズを連れて行け」

「ありがとうございます」

ケープ領のなかでも指折りの女性初の魔法騎士だ。

剣も魔法も知識もダントツに優れている人だ。

ちょっと憧れてます。

「セレーサのためにと思って手の者を城に入れている。カテンという侍従をしている者だ。城内のことはその者にやらせろ。いいか、リモーネ」

「はい」

「遠慮はいらん。いざとなったら、俺も出る。お前自身が危険にならなければ何をやってもよい」

「かしこまりました」

さあ、仇をとらねば!

華麗に、残酷に。

美しい姉上様の髪を、女神のような笑顔を奪い取った罪を償え!



翌日、城に上がり、王子に父親に報告したことを伝えた。

「ボスコ領とのやり取りがあるそうなので、陛下がお戻りになるまでは登城を控えるとのことでした」

あ、そうと乗り気でない返事が返ってきた。

つきましては、とリモーネはそっとカームに差し出した。

「へえ、リモーネは器用なんだな」

カーム王子が手に取ったのは、手編みのセーター。

前にミスト王国の旗印が編み込んである。

「本当は、色々模様をつけたかったのですが、婚約がきまってから急に編んだので、前だけになってしまいました。申し訳ございません」

残念という感じで、しょんぼりとするリモーネを見てカームは、うれしくなった。

ミスト王国は北側にあるため、冬が長い。

羊から毛を紡ぎ、糸をくりあげていく。

女性は編み物や機織りができる人が優秀とされていた。

愛を語る時はセーターやストールを送る。

「いいや、急いで編んだのだろう?とても温かそうだ。寒い日に着させてもらうよ」

良かったと満面の笑みでリモーネは小首をかしげて喜んだ。

「お前はかわいいな。よし、何か欲しいものはないか?編んでくれた褒美だ。なんでもいいぞ?」

「そんな、婚約者ですもの。褒美だなんていりませんわ」

「セレーサは編み物一つできないぞ?初めてだ、手編みなんて!とても嬉しいんだ、なんでも言ってくれ」

ちっ!

姉上は機織りが専門だ。

それは見事な布を織りあげる。

お前に渡すのがもったいないから、渡していないだけだ。

腕前を知らないくせに姉上を侮辱するな。

こんな風にお前はくだらない貴族どもに宝石をばらまいてるのか!

見ろ、気味の悪いブーツを!

靴に宝石をつけるなんてお前くらいだ。

この宝石をくれてやるとかいつもはがしたりしている。

後先考えない、頭の中が空っぽ男め!


「では、恐れながら、ミスト王国の特殊な白樺しらかばから、とても香りのよいオイルがとれると聞きます。私、実物を見たことがないのです。その特殊な白樺を見てみたいのですが」

「特殊な白樺?カテン侍従知っているか?」

「はい。わがミスト王国の輸出品のひとつです。北の森に群生地がございますね。これから見に行かれますか?」

「ぜひ、みたいです」

「ふーん、知らなかったな。俺も見てみたい。そのオイルも嗅いでみたいな。しかしそんなのでいいのか?もっと何かないのか?ドレスとか宝石とか」

うーんとリモーネは考えるふりをしたが、やはり小首をかしげて答えた。

「それでは、先ほどのセーターを着てお出かけしませんか?寒そうですし」

「そんなのでよいのか?欲がないな」

いっしょにお出かけできるだけで十分ですわ、うふふと微笑んだ。

カームは無邪気なリモーネの笑顔のとりこになった。

「うむ!さっそく白樺林にいこう!」


落ちた!!

カテン侍従とリモーネが見えない所でガッツポーズをした。


行きましょうか!

カーム!

お前のすべてをかけて贖罪しょくざいをしろ!!

プライドも地位もその体も命もかけて。

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