しごとごと

工事帽

しごとごと

 このままでは良くないのは分かっている。

 いずれ預金も尽きる。その前に仕事を探さなきゃいけないのは分かっている。

 それでも気が進まない。


 前職は開発の仕事だった。

 技術職のというやつだ。

 社内会議や客先との打ち合わせもあったが、それほど高い比率でもない。ほとんどの時間を、何も言わず、他人と目を合わせることもなく、作業するのは自分には合っていたように思う。


 それでも退職することになった。

 特別、深刻な話ではない。病気になったわけでも人間関係で悩んでいたわけでもない。それでも辞めたのは積み重なるしがらみが嫌になったからか。このまま居てもダメになると思ったからか。

 ざっくぱらんに言うなら逃げたということになるのだろう。


 残業も休日出勤も多い職場だった。

 トラブルが起きてチーム全員が徹夜ということも珍しくはなかった。

 だからこのままでは体を壊すという漠然とした予感も、辞める理由の一つだったかもしれない。

 だが幸いに。ほんの少しだけ幸いなことに、残業代はキチンと支払われる職場だった。そういう意味では、世間でイメージするブラック企業のように違法な会社ではなかった。

 休みの少ない職場では、お金を使う機会も少ない。

 知らないうちに溜まっていた貯金で、少しばかりの休憩を取る事は出来た。


「頃合いではありませんか?」


 そろそろ働き始める時期なのは分かっている。

 近いうちに預金も尽きる。その前に仕事を探さなきゃいけないのは良く分かっているのだ。


 WEBコミックを開いたままのパソコンで、ブラウザを立ち上げてみる。

 求人を検索すれば求職サイトが山のように表示される。アルバイト、何十代向け、日払い、正社員、未経験。目についたサイトを開くと、それぞれの求人が表示される。営業、修理、運搬、接客。


 営業は、ないな。他人と話すのは苦手だ。接客も同じ近い理由でダメだろう。毎日何十人も知らない人を相手にしていたら心を病みそうだ。カードはありますか、ポイントつきますよ、アプリはどうですか。自分が買い物するだけでも疲労困憊なのに、店員になれば一日に何度同じセリフを言うのだろうか。まるでNPCのように。


 修理ならなんとか、いやこれもダメだ。運転免許が必須になっている。それは工場で修理を担当するわけではなく、お客さんのところへ出向いての修理ということだろう。運搬も同じ。同じところを往復するだけならなんとかなるかもしれないが、求人票にはそこまで書いていない。宅急便の配達のように、知らない家を回るなんて可能性もある。


「選り好みできる立場だとお思いですか?」


 合わない仕事についたところですぐ辞めるに決まってる。それは我儘ではなく必要な選択だ。


 いっそ定職に就かずにお金を稼ぐ方法はないだろうか。

 例えばゲーム。

 昔から娯楽というものは一定の需要がある。生きるか死ぬかのギリギリの生活でもない限り、何かしら楽しみを求めるものだから。


 直接お金を賭けるものはギャンブルと呼ばれるが、これはダメだ。ギャンブルは胴元が稼げるように出来ているビジネスだ。もしギャンブルで稼ぐなら、胴元になるか、それとも勝ち方を教える教師役か。


 一方で、戦略性のあるボードゲームは文化の一つとも考えられている。将棋、囲碁、チェス。大会などで勝つことで賞金を手にすることもある。勝てなくなれば収入もなくなる厳しい世界だ。

 有名な者が指南役として抱えられていた時代もあった。上流階級の嗜みとして。こちらであれば、大会で勝つよりも安定性が高いか。いや、大会で勝てないような人はクビを切られるのがオチか。


「最後にはクビを切られるもです」


 そうなのかもしれない。実力が落ちて来たとき、不要とされたとき、それは定職についていても一緒だ。最後には年齢を理由にクビを切られる。

 それは仕方のないことだ。

 人は年を取ると筋力が衰え、目はかすみ、思考は衰える。それは払う側から見れば割りに合わないことになる。低い能力に同じ金額を払うのは。では金額を減らすか。そうなれば貰う側から見れば割りに合わない。やってることは同じなのだから。


 袋小路だ。

 どこで働こうと、例えそれが天職だろうと、いずれ首を切られる時は来る。ならば向いてない仕事でも転々としても変わらないのかもしれない。

 だからといって気乗りしない仕事にわざわざ応募するのも時間の無駄に思える。


「さあ、応募してください」


 画面に表示される応募ボタンを無視し、サポートAIを強制終了する。

 お前はクビだ。

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