そんな交渉

 何度見ても股間の物はない。確定した未来の姿は、お世辞にも美しいとは言えず、どちらかと言えば化け物だ。これは後々問題になる。捧げモノが残り50%足りないが、その前に問い質すことがある。


「質問だ。何故女性に?それと、就職後の身体の状態は?すぐに死ぬ事は無いよな?あと、能力の成長は有るのか?」


「魔の職業により性別?が変更されました。我々にその概念が無い為、この変更についての理由は不明です。ただし、髪、眉、まつ毛は存在し繁殖行為は可能ですが、繁殖能力を捧げた為に、繁殖は出来ません。


 貴方は時間を捧げました。職業習得後、身体の外見的な変化は有りません。これは、外的要因による変化も対象になります。この為、この個体の欠損等が発生した場合、作製当初の個体へロールバックします。ロールバック時間は瞬時ですが、破損状況により変化します。


 我々に死と言う概念が有りません。対話による知識蓄積により、死を休眠状態とみなし、暫定的に貴方の活動時間を無制限にしました。これは、精神や魂?も対象になります。


 能力の成長や付与は可能です。但し、外見に与する能力に付いては変化に当たる為、習得出来ません。」


 言葉による学習で、魔女=女性としたと。一般的に魔女は女性のイメージだが、まさか性別まで変え・・・、あぁ、こいつ等は生物に対する認識がかなり不足してるんだった・・・。


 こいつ等にとって性別なんてどうでもよくて、女の一文字が入ってるから女にしたと。あとは、聞いた話だけを総合すると不老不死だよな?再生機能付きの。外見も人外なら、身体も人外だな。


 しかし、身体は成長しないが能力の成長はでき・・・、いや、俺は外見的な時間を捧げたのであって、身体の中身の時間は捧げていない。つまり、時間経過で身体の中身は、歳を取り続ける事になる。


 しかも、活動時間が暫定的だが無制限と言う事は、永遠の老いと戦わないといけないと。自分の最大の敵は自分とはよく言ったものだ。だが、概念的な物も、物理的な物も捧げられるならやりようはある。


「身体の中身と老いを捧げる・・・。五感や第六感は残してくれよ、重要だから。外見は後でいじるとして、質感や柔軟性は多少良くしてくれ、体の幅はペラペラにはしないでくれよ。能力成長は全て身体の中に溜めこむ、空っぽなら何でも入るだろ?。」


「査定により、89%まで満たされました。第六感の定義が不明。職業を流用して適応。以後、捧げてたモノが100%を超えた場合は還元されます。還元方式は交渉、こちらの指定等があります。」


 後11%か、否、化け物的外見を変えるためにも、それ以上のモノを捧げる必要性がある。本来なら、体の中身の進化を、老いと言わずに捧げた方が査定はいいのだろうが、それを捧げてしまうと成長そのモノが止まり、初期値で固定されてしまう可能性がある。


 さて、残りの捧げモノだがこれを捧げると、大体の物語では不幸になる。色々なモノから取り残される事になる訳だが、やるしかないだろう。個人の持つ最大級の概念であり、平等であり、終着点。


「死を・・・、終わりを捧げる。生きている限りは、休みもするが、掃除を出来るだけ行う様にする。それと、俺の持つ知識や意味を・・・、人やこの星の在り方をコピーしてお前等に渡す。少しでも査定を上回ったら、最優先で容姿の変更と出来れば職業習得後の、1日は捧げる前の姿で過ごさせてくれ。」


 性別変更は職業選択したから無理だろう、職業システムとやらが中々強力な権限を持っているようだし。しかし個人的な問題だが、今の白いオラウータン姿はいただけない。どうせ長く付き合うなら、綺麗な方がいい。


 そんな個人的な悩みよりも質が悪いのが、すぐさまその姿にされる事である。俺は此処に入った1人目だが、元とかけ離れた姿の俺が外に出た所で説明に膨大な時間を要する事になる。それならばいっそ、ゲート内で変化するよりも外で変化した方が説明もスムーズだ。


 異世界転生で性別が変わるモノは、大体で周囲に性別の事を黙ったせいで、大なり小なり思い悩む事があるが、現実世界で且つ、目の前では変われば、悩みも少なくなるだろうし、何より既婚者なので恋愛とは無縁である。


「査定により100%を超過しました。超過分は優先事項を引いて還元されます。知識を習得、意味を学習。我々に不明な在り方を学習しました。交渉及び、ゴミ箱に反映。清掃時間の効率化の為、ゴミ箱内にセーフスペース及び水、植物、食料?を自生。自生階層は複数有ります、探索してください。還元に付いては他に指定はありますか?」


 身体が光る。これが最後の光だろう発光が収まると、視線の位置が上がった。猶予期間はあるが、色々失って得た職業に適応した身体は不老不死で無病息災、おおよそ金持ちが見る夢見るものだ。話をして総合した感じだとすぐさま、停まっている三目に殺される事は無いだろう。


「とりあえず、職業習得後の身体のバランスが悪い。なんとかなるか?後、中身を捧げたけど話せるよな?」


「バランスの定義が不明な為、習得した知識より最適値を黄金比とし作成することを提案。実行します。意思疎通に音声は必要と定義されている為、話せます。譲渡された知識より、人を学習、人の営みは可能ですが、剥奪した部分に付いては不能です。」


 化け物が美少女になった。黄金比とは簡単に言えば、人が見たときに最も美しく見える比率である。数学的には1:1.618となるが、顔付等は別になる。しかしと投影されている就職後の身体は、どこを取っても違和感は無く美しく、シミ1つない肌と髪は何処までも白く、紅い瞳がアクセントになっているが、短髪なので残念な事になっている。


「黄金比で作成した際に余剰分の体重等を散見、魔女の職業を適用し蓄髪に回します。」


 短髪だった髪が伸びた、長さは背中位だろうか。女性らしさが増した気がする。髪には魔力が宿る。これはゲームや小説でも定番だが、大元は古代のシャーマニズム等にある。現実的に魔力は無い訳だが、このゲートと職業システムのせいで何がどうなるか分からない。


 こんな技術を持った声の主が、職業的に髪に回すと言うのなら、それが間違いないのだろう。変化後の身長140㎝、これだと小学高学年から中学生位だろうか?胸はストンとしてAカップ位だろう、Bは無さそうだ。


「まだ、超過分は有るか?後、表情を作れるように。コミュニケーションに重要なファクターだ。」


「多くは有りませんが、残っています。」


 身体はとりあえず、問題なくなった。後は、このゴミ箱内の知識関連が欲しい。最大級の問題は多分、こいつ等は対処してくれないだろうしその為の措置も一応した。しかし、やってくれるならそちらの方が楽でいい、聞くだけは聞いてみるか。


「ゴミ箱内の構造とモンスター及び資源等の目録。後、このゴミ箱の事を世界に理解させる方法。」


「構造は職業を習得すれば、自動的に分かります。モンスターに付いては廃棄品なので、何が有るか分かりません。我々は作品を作り廃棄するのみです。資源の目録は作成可能です。


 掃除道具と一部の資源は、ボックスに入れてあるので自由に使ってください。拾得物は自由に持ち出し可能ですか、活動の停止したモノ及び、外部から持ち込まれたモノは一定期間で分解されます。」


 資源の目録は貰えたが、後は微妙だな。タバコのフィルターが透明になりかけていたのは、分解されかけていたからだろう。手にとって見るとまだ存在している事から、身に着けていれば分解はされないようだ。


掃除用具・・・、まぁ、端的に言うと武器である。これが持ち出し可能という事は・・・、色々と政府に頑張って貰うしかないだろう。個人では対処しきれない。


 と言うか、最初に見た時にあの箱を開けておけば、あの三目とチキンレースせずに済んだのだろうか?そう思い、停まっている三目に近寄りボックスの蓋を開けてみる。


 ボックスの中には、掌に収まる長さの黒い棒が1つと柄のない金貨が数枚入っていた。金貨をポケットにしまい、棒を手に取って色々や角度から見た後、軽く振ってみるとカチンと言う音と共に先端が30cm程度伸びた。伸縮警棒なのだろうか、何度か降ってみるが、殴るにはちょうど良さそうだ。


 超技術の武器と言う事でビームサーベルなんかをイメージしたが今の所、光ることもなく何かが飛び出る様子もない。純粋な打撃武器なのだろうか?


「掃除用具・・・、武器はこの形だけ?あと、何かしらの機能はあるのか?」


「掃除用具・・・、名称を武器に変更、以後掃除用具は武器と呼称します。武器は開けた個体の職業、或いは適正に沿ったモノが転送されます。出現する武器は職業の位により変化し、誰がどれを使っても問題有りません。


但し適正もしくは、職業の位が低いと武器の能力を使いこなせない可能性があります。貴方が手にしているモノは、分かりやすく言語化すると一般的な分解ロッドです。」


つまりは、制限付きのガチャを引いた感じか。一般的と言うのだから凶悪な物ではないのだろう。しかし、分解?試しに軽く三目を叩いたが何も起こらない。


「そのモンスターは現在、空間及び時間固定処理を行っている為、外的変化を受け付けません。しかし、接触による変化は分かりません。解除後に速やかに処理してください。現在職業習得していない為、武器の性能は限定的です。」


 そんな便利な事が出来るなら、わざわざ俺達にモンスター退治を依頼するよりも、自分達で対処した方がよほど効率的なんじゃないだろうか?そう思いながらボックスも叩いてみるが、打撃音もせず、壊れる事もない。


「なあ、そんな力があるなら自分達で処理した方が、楽でいいんじゃないか?武器を与え、場所を作り、職業システムなんて大掛かりな装置を作る意味がわからない。」


 素朴な疑問だが、考えても本当に分からない。スタートのゲート設置は理不尽で撤退不能なのも理不尽。しかし、そこまで理不尽なら、後は勝手にして、さようならでも問題無い訳だ。ここ迄長々と対話して交渉する意味は、特段無いような気がする。


「我々は作製、生産する事が意味です。その他の行為は不要です。廃棄処理行う、この場合時間と言う概念が消費されるのを嫌います。なので、他のモノに委託します。委託後は任せます。今回交渉しているのは、交渉後の時間消費を減らし円滑化する為です。」


 つまりは物作りに没頭したいから、その他を投げ売っていると。変な所で人間臭いな。趣味に生きる人間は、トイレもペットボトルで済ませると言うし、それを拡大化すると声の主の様になるのだろうか?


「分かった。どの道モンスター退治しないと、ここから溢れるんだ。するしかないさ、撤去もしないと言うし。そういえば、今この中に居るのは俺だけか?」


 さて、残りの交渉をしなくては。タバコに火を付けて一服。脳が凝るのかは知らないが、これまで長々と話せば疲れも出る。紫煙を取り入れ、ニコチンが染み込む。感覚だけだが、疲れが和らいだような気がするが。


「ゲート内には貴方しかいません。複数個体を入れた場合、交渉時間が膨大になると判断した為です。ゲートは現在休眠しています。


ほか個体の入場可能時刻は交渉完了後、約72時間後を想定しています。それまでの入場は、貴方と貴方の指定した個体のみ有効です。残りの超過分は能力値に回し、交渉は終わ・・・。」


「まて、まだだ。時間消費は嫌だろうが、交渉させてもらうぞ。」


「・・・、分かりました。」


 声は変わらないが、嫌そうな雰囲気はある。時間消費を嫌うなら、そろそろ面倒になってきているのだろう。此方としても疲れているが、まだ、話さないといけない案件はある。


「そう長くはならん、ここからの出方と他の人との入り方。後、資源や武器を持ち運ぶのに使えるものが欲しい。それと、再度交渉を行う場が欲しい。此方とそちらとではまだ、認識の違いがある可能性がある。」


「入り方はゲートを抜けてください。複数の場合は接触していれば、同じ場所に出ます。それ以外は個別で最上部に出ます。最上層から5階層までは現在のような風景と、比較的新しい廃棄品が有ります。最初の武器は入った数と同数がコンテナに入っています。以後破損等した場合は、各階層で探してください。


5階層以降は不明です。空間拡張が行われている為、モンスターがどう生息し、空間がどう変異しているかは不明ですが、職業についていれば即時活動停止はありません。降下する際は入門と同じゲートを探してください。複数有ります。


退出は、貴方がするのですか?我々は効率な掃除を望みます。移住に必要な物資はあります。他の方は構いませんが、貴方はこの場に留まり、活動する事を効率面から考えて提案します。


他の方の退出は5階層若しくは、10階層毎に退出と明記されたゲートを設置します。退出場所は入ったゲート付近です。存在が重なり合わないよう、配慮します。設置場所は探してください。


物資輸送は効率を考えて、異空間圧縮技術を使い作製します。形状を指定してください。候補としてはネックレスや指輪、腕輪を提案します。


再度の交渉は望みませんが、重大なエラーが発生した場合を考慮し、祭壇の様な物を何処かに設置します。交渉をする際は探してください。時間消費から考慮し、交渉相手は貴方と限定します。」


 よほど時間消費が嫌らしい、交渉するには祭壇を探した上で俺限定とか。確かに現状俺が一番此処に詳しいわけだが、出来れはネゴシエーターなんかを雇いたい。まぁ、それは出たあとの話であって、今の問題は俺の出口が無いことだ。


 俺にも外の生活がある。世界にゲートの事を広めて、次にゲートに入ったら囚われの身となるのは避けたい。こんな所に留まり延々とモンスター退治など、バーサーカーではないのだから無理だ。


「此方にも外の生活があるので、留まることは出来ない。この場合に多くの掃除屋を導くには、外での活動が不可欠だ。それと、形状は指輪で頼む。サイズを自動化調節する機能があると無くさなくて済みそうだが?」


「知識による算出の結果、要請を受諾。溢れるゲートがある為、早急な対処を提案します。指輪は最初のボックスに入るように調整し、作製にコストがかかる為、1個体に1つの制限を付けます。」


 良かった、退路は確保できた。これでこの中に出入り自由である。そう思いながら、ボックスの中を見ると黒く艶のある指輪が1つ、いつの間にか入っていた。


 これが運搬用の指輪なのだろう。左手の薬指には結婚指輪が有るので、それ以外ならどこでもいいか。そう思い、右手の薬指に押し当てる。形状的に指より小さかった指輪はしかし、スルリと指に入り違和感もなく、手を振っても抜けそうにない。


「使い方は?」


「指輪を向けながら、収納するモノをイメージしてください。収納物を出す場合は、出す場所と収納物をイメージしてください。指輪の中身は、装着した個体にのみ分かります。まだ、装着した個体が活動停止した場合、中のモノは消失します。」


 ふむ、とりあえずボックスを収納してみるか。そう思いながら、ボックスに指輪を向けてイメージする。すると、ボックスが無くなり、後には宙に浮いた三目だけが残り、頭の中にボックスのイメージが浮かぶ。慣れないせいだろうか、頭が痛い。


「この頭痛はずっと続くのか?我慢できない訳じゃ無いが、不快だ。」


 言いながら、今度は警棒を出し入れしてみる。取り出す位置は俺の手の中、今度も上手く出来たが収納直後、先程より酷い頭痛が襲った。収納物が増える度に痛みが増すのはいただけない。取り出せば多少頭痛は治まるが、これでは物資運搬どころかモンスター退治にも支障がでる。


「職業習得を完了すれば、痛み?は無くなります。物資目録の作製が完了しました。目録はボックス内に転送されます。」  


 感覚器官の無いであろう声の主は、目録作製完了を宣言する。警棒は手にあるが収納物に目録が増えたせいで、頭痛がぶり返してきた、気持ちが悪い。そういえば、今まで交渉してきたが、こいつ等に名前はあるのだろうか?無いと不便だ。


「ありがとう、超過分はまだあるか?それと、お前達の名前は?総称でも、個体名でもいい。無いと呼びかけられない。」


「超過分は有ります。但し、これ以上の交渉を我々は嫌います。個体名は有りません、他の星では思念制作群体と呼ばれています。」


 必要な事はあらかた聞いたし、後続への最低限の配慮もできたと思う。外に出た後の状況は分からないが、それでも、どこかが溢れるらしいので、それの対処はしないといけない。問題は山積みである。


「超過分を使って、人間に効く薬を効果の高い順に3個指輪の中へそれと、脱出アイテムを2個・・・、職業無しでは厳しいのだろ?残りの超過分があるなら、能力値に全て回す。


溢れるゲートの場所を教えてくれ。分からないと対処できない。それと、此処からは5階層に行けば外に出られるんだな?また入る時は1階からか?後、お前等の事をこれからソーツ思念と呼ぶ。」


「有機構成体を回復、復元する薬品とゲート退出アイテムを転送しました。超過分を能力値に還元、以後職業習得時に最適化されます。退出ポイントは5階層に降りてすぐにあります。再度入場する際は、階層をイメージしながら入場してください。該当階層に出ます。


溢れるゲートは現在より1,154.8 km地点にあります。周囲の建築物より該当地域名称を推測、シュウヨウゲン?のようです。溢れる時刻は約240時間後と推測されます。


職業習得は個体の意向により、今のより6時間後に開始されます。また、習得時一時的に個体は活動を停止します。


我々を呼ぶ名称がソーツで有る事を受諾しました。これより呼びかける際はこの名称を使用して下さい。全ての交渉を終了します。モンスターの停止が10秒後解除されます。掃除を開始してください。」


 激しい頭痛がするが、これは薬と脱出アイテムが転送されたせいだろう。まだ、我慢できるが辛い。しかし、三目がすぐに動き出す。職業を習得してない状態では、さっきのチキンレースの焼き直しになる。そう思い、三目の真横に移動して警棒を振り上げる。タイミングは浮いている三目が落下し始めた直後!


「セイッ!」


 振り下ろした警棒は手応えもなく、三目の頭と思われる場所に直撃し、そのまま縦一直線の傷を残す。余りの手応えの無さに力んでいたせいかバランスを崩し、三目にぶつかりそうになったが、寸前で踏み止まり事なきを得た。


 人なら致命傷に見える一撃だが、モンスターの生態は分からない。とりあえず、外に出た際にゲート内にモンスターが居る事を知らせる為に、スマホで写真をパシャリ。


 その後、動画を撮りながら暫く観察したが、終ぞ三目は動かず溶けるように消え、後には正八面体を細長くした様な暗黒色のクリスタルと手に持っていた槍だけが残った。更に頭痛は激しくなりそうだが、これも回収しておこう。


「あぁ、クソ!」


 頭の中に回収品のイメージが、乱雑に浮かんでいて煩わしい。痛みも増す一方だし、タバコで一服して気を鎮めよう。今が1階層だとすると、後4階層は降りないといけない。体調から考えると、アイテムを使うのが正解だろうか?


 腕時計で時刻を確認すると18時30分、姿が変わるまで1日の猶予を貰ったが、ソーツの言った時間から察するに、日付変更と同時に職業を習得し姿が変わる。残りの約5時間半で残りの階層の走破、広さが分からない以上自殺行為に思える。


 それに、シュウヨウゲン?何処かは知らないが、響き的に中国やその辺りの響きを感じる。そこに約240時間、つまりは約10日後にモンスターが溢れる事を考えると、情報を外部に知らせる為に、今死ぬ事はどうあってもならない。


 問題は脱出アイテムがどれくらい貴重かによるが、2つ有るうちの1つなら早急に探せばカバーは出来るだろう。いくら死ななくなるとは言え、疲れるものは疲れるし、安全な所で休憩だってしたい。


「それに、この姿で莉菜と話せるのも最後だしな。よし決めた、」 


 警棒を収納し、掌に脱出アイテムをイメージ。形が分からないので、言葉をイメージすると掌にゴルフボール位の水晶玉の様な物が出てきた。これが脱出アイテムで間違い無いのだろう、水晶玉を握り込み外をイメージする。


 時間にして約半日、訳の分からない事になったが、やるべき事ははっきりしている。時間的猶予として、ゲート開通までにどうにか協力者を作る事、それが出来たならシュウヨウゲンを探して溢れたモンスターを退治すること。


 淡い光が身体を包み、下りのエレベーターに乗った様な浮遊感の後、辺りは石壁から見慣れた日常の風景へと変わる。手にした水晶玉はそのまま残っているので、とりあえず指輪へ収納。いかん、頭痛のせいで気分が悪く立ってられない。


 片膝を付きの周囲を見回せば、どうやらここは調査に来たゲートの前のようだ。救急車やパトカー、果ては消防車まで集合してゲートを囲んでいる。まぁ、こんな訳の分からない物を、警戒するなと言う方が難しい。現に俺と言う被害者も出ているわけだし。


「おい!出てきたぞ、救急車回せ!」


 警戒中の誰かが声を上げ、こちらに走り寄ってくる。服装的に救急隊だろう。ちょうどいい、疲れたので病院まで寝かせてもらおう。


「大丈夫ですか?話せますか?怪我や違和感はないですか?」


「歩けるが頭痛が酷い、寝かせてくれ。あとの話は、救急車の車内と病院で頼む。」


 そう話すと、救急車の車内に案内されストレッチャーに寝かされる。中では他の救急隊員スタンバイしており、仰向けになると同時に服の前を開けさせ、バイタルチェックを開始。本職だけあって手際がいい。そんな彼らを見ていると、バインダーを持った隊員が話しかけてくる。


「名前は言えますか?」


「黒江 司・・・。」


 名前、生年月日、住所等を素直に答える。程なくして最寄りの総合病院に到着し、再度精密検査されたが、バイタルに異常もなく負傷箇所も無い為か個室へ移された。部屋の掛け時計を見れば、時刻は22時を少し過ぎている。このままではまずい。


「看護師さん、妻の莉菜は来て居ますか?居るなら呼んでください。あと、0時を過ぎると大変な事が起きるので、出来れば主治医か若しくはビデオカメラを回してください。」


「ご家族の方は面会時間が過ぎているので、居るか分かりませんが、貴方はあの輪っかから出て来られた方ですよね?カメラの方については、主治医の先生に伝えてみます。」


 そう言い残し看護師は退出。検査の過程で患者衣に着替えたが、私物はこの部屋に運んでくれたようだ。ベッド横の机の上にタバコやらスマホ、数枚の金貨が置いてある。妻が居なかった場合はテレビ電話でもして別れを告げるか。流石に文章だけでのこの姿との別れでは味気ない。


 頭痛の元は分かっているので、足元の広めのスペースに指輪からボックスを出し、その中に薬と目録等のアイテムを詰めてクローゼットへ。槍はそれなりに長いのでベッドの下に寝かせて置くか。取り出したおかげて頭痛は治まり何処にも違和感は無くなった。さて、後は0時にどうなるかだ。


 コンコン


「どうぞ。」


 扉が開かれた先には主治医と、20年来連れ添った妻がいた。泣いていたのだろう、目元は赤く瞳は充血している。


 さて、かなり荒唐無稽な話だが何から話そうか。

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